眞子さまと小室圭さんの結婚報道に、露呈したこの国の「自己矛盾」

バッシングに「大義」はあるか
御田寺 圭 プロフィール

世間の人びとは、口先では自由の大切さを語って見せるが、いざ自分の気に入らない人間の自由、あるいは気に入らないタイプの自由の行使の仕方を見かけたら、直前までの態度をあっさりと放棄して、まるで憲兵にでもなったつもりで「お前には自由は相応しくない」と詰め寄り、あるいは「このような自由の行使をゆるしてもよいのか」と政治権力に告発する。社会的生命を絶って「キャンセル」するべくあらゆる手を尽くす。

 

「社会的に望ましい者だけが、自由を付与されるべきだ」と自由主義者が平然と語る。「悪人にはわれわれ善良な市民と等しい人権や尊厳を与えるべきではない。即刻社会から追い出すべきだ」と人権活動家が声をあげる。「罪刑法定主義など男性優位社会の象徴なのだから潰してしまえ」と法律家が開陳する。「心無い誹謗中傷は人を追いつめるが、こんなクズは死んで当然だ、徹底的に追い込め」とインターネットで自警団が跳梁跋扈する。――そんな時代にわれわれは生きている。

小室氏が味わってきた3年間は、いま私たちの暮らす社会を覆いつくす暗雲の小さな予告編に過ぎなかった。

小室氏はこの国を離れて当然だろう。私は小室氏と眞子さまの旅立ちを心から祝福したい。「自由」の国アメリカで、どうか幸せな家庭を築いてほしい。本記事と以前の小室氏をテーマにした記事でいただいた原稿料を、それぞれ小室氏にご祝儀としてお渡ししたい。冗談ではなく、本気で言っているので、小室氏からのご連絡をお待ちしております。

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