暗い映画にはしたくないという監督のエネルギー

高畑さんは、当時のことを「いろんなものが破壊されていった時期」と表現した。

「最初にこの映画の台本をいただいたのは、コロナ禍になる前でした。でも、その後台本にコロナのことも加えられて。映画の中で、みんな『朝日座』がなくなることになってから騒ぐ、というセリフがありましたが、確かに人ってそれまで当たり前だったものが当たり前じゃなかったことに気づいてから騒ぎ出す。それは、映画館に限ったことじゃなくて、慣れ親しんでいた風景や関係がなくなったら騒ぐけど、普段、それがあることに感謝することはあまりなくて。映画の脚本を書かれたタナダ(ユキ)監督は、そういう人間の愚かさみたいなものを、映画の中ですごく風刺的に書かれていて、とても印象的でした。

タナダ監督の目線はいつだってお涙頂戴ではないんです。私は台本を読みながら、タナダ監督のそういうところが本当に好きだなあと思いました。当時東京で少し疲弊していた部分もあったのですが、映画の撮影中は、福島でのんびり、穏やかに過ごすことができて、自分自身の細胞もケアしてもらっている感じでした」

Photo by Aya Kishimoto
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映画は、東日本大震災からの復興もテーマの一つ。台本を読みながら、高畑さんは、「明るくはない題材だけれど、絶対暗い映画にしたくない!」という、監督のエネルギーをひしひしと感じたという。

「莉子は、なかなかハードな人生を送っているんですが、監督は、『絶対に“可哀想”に見えないように』と思っていたと思います。登場人物の“死”についても描かれていますが、そのシーンすら、お涙頂戴にしたくないというエネルギーが溢れていた。演じながら私も、そこを大切にしたいと思いました」

映画の中で、高畑さん演じる莉子には“相手役”とも呼べる存在が2人いる。その一人が、柳家喬太郎さん演じる「朝日座」の支配人。二人の丁々発止の会話もこの映画の見どころの一つだ。もう一人が、高校時代に居候させてもらっていた恩師・田中茉莉子。映画をこよなく愛する茉莉子先生は、大久保佳代子さんが演じている。

映画「浜の朝日の嘘つきどもと」より

「現場では、喬太郎師匠の持つテンポ感に自分を委ねていくような感覚でしたが、師匠は、『普段は一人で喋っているから、相手がいると全然違うんだよ!』って。大久保さんも、いろんなことに驚きを持って、『へぇ、こんなこともあるんだ』とすごく新鮮な気持ちでお芝居を楽しんでいらっしゃるように見えました。お二人のお陰で私自身も、お芝居を始めた頃の気持ちが蘇ったんです。だから、いつも以上に、新鮮に楽しんでお芝居することが出来ました」