東大寺の大仏を建立した「厄病退散」文化復活でコロナ禍を乗り切れ

「恐怖」は自分が生み出すものである

ウイルスのことはよくわかっていない

中国・武漢発の新型肺炎流行が、本当のところ、いったいいつ始まったのかは定かではない。8月2日の米国共和党の発表は、長谷川幸洋氏の「新型コロナウイルスは『中国から流出』と断定した、米報告書の『驚くべき内容』」の通りであった。

しかし、その後、バイデン大統領の指示によって90日の調査期間を経て明らかにされた内容は、共産主義中国側の主張に忖度したかのように極めてあいまいであった。

by Gettyimages

新型肺炎ウイルスの起源さえ明らかになっていないのは、中国共産党のまるで事実を隠ぺいするかのような非協力的な態度によるところが大きいが、我々がウイルスについて実はよくわかっていないことの証ともいえる。

確かに、この2年ほどで新型肺炎ウイルスに対する科学的データが集められ、それなりのことはある程度明らかになってきた。しかし、現在のところそれらのデータを科学的・体系的に検証し、感染症対策や緊急事態宣言のような社会政策に生かそうという動きはほとんどと言ってよいほど見られない。

その代わりに、その科学的データのごく一部を「切り取った」情報に偏見を加えた、「マスク原理主義者」「ワクチン原理主義者」「緊急事態原理主義者」などが跋扈している。

昨年3月26日公開「『火星人襲来』パニックと武漢肺炎、人々の漠然とした不安の原因は?」、1月7日公開「現代の『恐怖の大王』は新型コロナの顔をしてやって来るか」で述べたように、現在の経済・社会はウイルスそのものの被害よりも、その「恐怖」による被害が大きい。

このような状況を考えると「新型肺炎の流行」は、科学的に解決するだけではなく、「社会的」「人間的」「イデオロギー(宗教)」的に解決する必要があると思われる。

 

その点で、1200年以上前の「天平の疫病大流行」は、科学の恩恵などほとんどなかった時代に、人々がどのように感染症と闘い「共生」したのかを知ることができる良い事例だと考える。

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