資本主義の毒を飲むしか、私たちを貧困から救う道はないのか?

不確かな未来に賭けるより、資本主義を倒せ
ヤニス・バルファキス プロフィール

資源を分配する公平かつ合理的な方法とは?

2008年に世界金融危機が起きる前でさえ、世界の裕福な事業体ランキングの上位100のうちの65は、一国の政府ではなく金融化した法人だった。

「それにまさか」イヴァが交互にふたりを見つめて言った。「彼らが社会の価値の擁護者であるはずがない。ところで、コスタ。腐敗しやすい、ごくひと握りの経営者が強大な権力を振るう危険性について、わざわざこの私に講義していただかなくても結構。だけど」イヴァが続けて反論する。「これは声を大にして言わせて。小さな欠点のせいで本当に大切なものを捨ててしまうことは、本当に賢明かしら?

東インド会社やリーマン・ブラザーズ、ウォルマートといった民衆の敵を、株式市場は誕生させる。だからといって、それが取引可能な株を禁止する大きな理由にはならない。ええ、車は玉突き事故を発生させる。だけど、それが車を禁止する理由にはならない。それどころか、より優れた交通規制をより厳格に施行する理由になる。企業も同じ。ぜひとも社会に介入させて、社会が正しいアメとムチを使って、企業を社会の共通利益の方向に導く必要がある」

 

「待った、ちょっと待った」それはイヴァらしくもない議論の矛盾だった。その矛盾を指摘する機会にコスタは飛びついた。「君と知り合ってもう長いけど、君はまさしく、その社会の共通利益という概念に、ずっと批判的だったんじゃないのか」

イヴァは痛いところを突かれた。社会の望みを客観的に理解するのは難しいどころか、不可能だというのが、イヴァの考えだったからだ。具体的に言えば、イヴァや仲間の経済学者は、どんな公平な方法の可能性も否定した。すなわち、さまざまな人の多様な望みを、良識的で実行可能な社会的優先事項のリストにまとめることはできない、という考えの持ち主だったのだ。だからこそ、資源を配分する合理的かつ最も効果的な方法は、自由市場の競争以外にないと信じた。

Photo by iStock

実のところ、共通の利益という考えを急進的に否定したのはマーガレット・サッチャーである。1987年9月に女性雑誌『ウーマンズ・オウン』のインタビューで、サッチャーはこう大袈裟に問いかけた。「社会とは誰のことですか。社会などというものは存在しません! あるのは個人の男女、そして家族だけです」

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/