マンガ/伊藤理佐 文/FRaUweb

「ちょっとした意地悪ワード」って結構刺さる…

ちょっとした意地悪なことを言われた思い出は、気持ちのいいものではない。
程度の差こそあれ、誰もがなにかしら体験しているのではないだろうか。
例えば嫁姑、例えば夫婦、例えば上司、例えば友達……。

もちろん本当に聞き捨てならないことを言われたり、差別的なことをされたり、具体的な害が及ぶような深刻な場合は、ときに立ち向かったり抗議したり、逃げたりする必要がある。
今回はそこまでではなく「ちょっとした意地悪」のことを考えたい。

例えば、忙しい若手社員が先輩社員から「企画がたくさん通ってご活躍だねえ、他に企画がないんだねえ」なんて言われたり。義母から息子の妻が「あなたのお料理だと、息子が可哀そう」なんて言われたり。はあ? くだらない! と思ったとしても、チクっと心に刺さるし、それが積み重なると、本当に「嫌な思い出」になっていく。

ムキーッ! となる、ああいうときのお話です(写真の人物は本文と関係ありません) Photo by iStock

嫌な思い出は消せないだろうけれど、どうやったらうまく一緒に生きることができるだろう。
そんな「嫌な言葉」を言われても上手に生きる方法を教えてくれるのが、伊藤理佐さんのオムニバスショート漫画『おいおいピータン!!』3巻32話の「いんげん豆」である。

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怒りを蘇らせるスイッチになる言葉

おいおいピータン!!』とは、伊藤理佐さんが「KISS」で連載しているオムニバスショート漫画。スタート当初は『おいピータン!!』というタイトルで、主人公の結婚によりタイトルが変わって25年連載が続いている。一応の「主人公」は大森さんと渡辺さんというカップルだが、全く登場しないこともある、食をテーマとして日々の「あるある」を描き出し、ぷっと笑えてときにグサッと刺さって、読み終わるとなんだかスッキリする、名作シリーズだ。手塚治虫漫画賞など多くの賞も受賞している。

さて、ご紹介する『おいおいピータン!!』3巻の「いんげん豆」の主役は、大森さん夫婦ではなく、60代とおぼしき女性である。踊りの稽古にきて、鬼の形相で迫力ある踊りを踊る。頭の中ではなぜかこうつぶやく。「いんげん、いんげん……」。そう、この女性の怒りを蘇らせるキーワードは「いんげん豆」なのだ。

一体なぜいんげん豆が怒りのスイッチを押すワードに?
実は、いんげん豆は「夫の実家で意地悪された」象徴の言葉だったのだ。

この女性は、45年前、夫の実家で「いんげん獲ってきてくれ」と言われ、大きいいんげんを頑張って収穫した。しかし実はいんげん豆というのは「早めに収穫する」のがコツなのだという。だいたい15センチくらいが最適で、それを超えてしまった大きすぎるいんげん豆は、硬くなってしまうのだという。

「ありゃ なんで食えねーのばっかとってきただ」
「いんげんは小さいのとってくるだわ」
「バカいんげんってな、硬くて食えねーだ」
「都会の人はそんなことも知らねーだか」
「アハハハ はやりの現代人だこりゃ ガハハハハ」

ひ、ひどい、そんな風に馬鹿にするなんて……。
いんげん豆を見るとその時を思い出し、腹が立って仕方がないのだ。だからいんげん豆は食べないと決めている。
思い出すだけで眉間にシワが寄る「恨みの体験」なのである。

(c)伊藤理佐『おいおいピータン!!』3巻/講談社

さて、そんなときに踊りの先生から、驚くような体験を聞かされ、女性は気がつくのだ。恨みに恨んで眉間にシワが寄せるより、もっとステキなことがあると。

「自分を馬鹿にした言葉」は、果たして相手が本当に意地悪をしたくて、自分を苦しめたくて言った言葉だったのだろうか。
失敗したことを失敗したと言われたら、それは馬鹿にされたってことなのだろうか。
もしそれがたとえ意地悪をしたくて言ったとしても、それで落ち込んで恨んだら、それこそ「嫌な気持ちにさせたい」という相手の思うつぼではないか? 

『おいおいピータン!!』「いんげん豆」の踊りの師匠の言葉は、物事の受け取り方次第で人は幸せに生きられることを、教えてくれるのである。