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少年をホルマリン漬けにした26歳男…「日記」にしたためていた残虐犯行の“すべて”

昭和事件史(1)後編

1957年(昭和32年)、東京都中野区内に住む当時、中学1年生・大倉一典さん(仮名:12歳)が“銭湯に行く”といって出かけたまま行方不明になり、ガラス容器にホルマリン漬けにされた状態で見つかった殺人事件が発生した。

前編で伝えたように、警察は容疑者として同区に住む森淳太朗(仮名:26歳)を逮捕している。のちに起訴されたこの猟奇殺人犯はどのような人物なのだろうか。

(前編:銭湯で見つけたお気に入り少年をホルマリン漬けに…26歳男が起こした残虐事件の全貌

※1957年当時の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞 などの報道をもとに構成しています。またわかりやすさの観点から、当時の紙面 を平易な文章に修正している箇所があります。

※新聞紙面情報に基づき、殺人事件の描写に関する記述があります。

 

逮捕された犯人の「素顔」

警察は森が書いた7冊の日記を押収した。ここからはその内容を報道した当時の紙面をなぞりながら、この事件の犯人像、犯行の経緯を検証してみたい。

森は、1954年(1953年との報道も)に明治大学商学部を卒業後、 1956年11月から臨時雇いとして中野区立図書館で勤務を始めている。同図書館関係者の証言によれば、職場では真面目で礼儀正しく、業務を黙々とこなしていたという。
一方で、彼には眉を顰めざるを得ない悪評もあった。

「近所の親たちは森が近づかないようにふだんから子どもたちに注意していた。同人は男の子ばかりを可愛がり、道を歩いている子供をいきなり抱きしめたり、フロ屋やソロバンジュクなどで言葉巧みに男の子に近づき、家に連れて行っては奇妙な可愛がり方をする例がしばしあったからだ」(朝日新聞4月10日付朝刊)

“奇妙な可愛がり方”というのは、やさしく接したり、抱きついたりしたかと思うと、一転して殴ったり、首を絞めるといったものだった。また、この行為は動物も対象になっていた。森は猫を溺愛し、一時は10数匹も飼っていたが……。

「これにあきると一匹ずつつぎつぎに殺し手足をバラバラにしドブなどに投げ捨てていた」(読売新聞4月10日付朝刊)

一連の行動は社会に許容されるものではないが、彼は自らの欲求を抑えることができなかった。やがて「各地の銭湯を巡り、好みの男児を探し、誘い出す」という活動に没入していくのである。

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「フロ屋から男の子を連れ出し殴ったり首をしめ乱暴したのを森の母親がとめておさまったという前歴がある」(朝日新聞4月10日付朝刊)

公衆衛生を保つための施設として、人々が一日の疲れを癒す場所として、また地域のコミュニケーションの場として重要な役割を果たす銭湯だが、森にとっては違った意味のある空間だったのだろう。

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