京都に移住して驚いた!
ベランダから見えた「美しい光景」

京都の夜空を照らす満月が美しい。撮影:秋尾沙戸子

しかし、私が本当に月を愛でるようになったのは、京都で暮らすようになってからである。場所のなせるワザだろう。東に開いた窓からは、山の上に浮かんだ月が見える。夕方に見逃しても、暗くなって、さらに上にのぼってきた月に気づく。時には紅く大きく、しかし、大概は眩しい白さで輝きを放つ月。三日月でも満月でも十六夜でも、東の空に浮かぶ月は窓から私の視界に飛び込んでくる。あまりに白い夜は翌日、早朝から強すぎる陽射しが部屋の中に差し込んでくるというリズムも知った。

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かつて東京で月光浴を勧められたことがあった。それは私がラリマーという、海を思わせる青い石をアメリカで探して集めていたときのことで、満月の光にあてると浄化されるという触れ込みだった。同時に、女性も、月の光を浴びると若返り、美しくなれると聞かされた。

ドミニカ共和国でしか採れないラリマー。アメリカでこの石を身に着けていると声をかけられ、話が弾むことがある。撮影:秋尾沙戸子

美しくなれるのならば、月光浴とやらを、やってみようではないか。私はベランダに石を並べ、自分も椅子に座って空を見上げた。が、わからないのである。自分が浴びているのが月明かりなのか。広告塔の電飾なのか、オフィスから漏れるLEDライトなのか。都心は明るすぎるのだ。数回トライしたが、若返る実感を得られず、止めてしまった。

だが、京都は違う。町が暗いのだ。ベランダに立つと、確実に月光が私に降り注ぐのを感じる。オフィスの電気も夜遅くまでオンになっていることは少ない。あるのは、街灯とコンビニのライトくらいである。数年前、行政と財界が一緒になって、看板を取り去る政策を打ち出し、街からネオンサインが消えたのも、理由のひとつであろう。