東京から京都に移り住んだジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、秋尾さんを京都の師とあおぐ漫画家の東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」、今回のテーマは「観月祭」

あっという間に暑い夏も過ぎ、ひんやりとした空気が漂う中、夜空を照らすお月さまを眺めるお月見シーズンが到来! 1日の終わりに、まんまるに輝くお月さまをうっとり眺めるのは美しいものですが、実は秋尾さんはもともと月があまり好きではなかったようで……。その考えが覆されたきっかけや、京都で知った神秘的なお月見の楽しみ方を教えていただきました。

記事最後に掲載の漫画家・東村アキコさん本連載書き下ろしイラストも必見!

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月=コンプレックスの象徴に…
大人に言われ傷ついた「一言」

30代後半の女性は、時として残酷なことを口走る。当時、中学生だった私は、彼女たちが無意識に口にした言葉で、トラウマを抱えることとなった。そう、「美人の母親のもとに父親似で生まれた娘」は、家庭の外でも傷を負う。加害者は、決して親しくはない大人たち。同級生の母親と職員室の女性教師。おかげで、私は満月が嫌いになった。

「世の中にきれいな人は大勢いるけれど、本物の美人は少ないの。あなたのお母さんは本当に美しいわ。でも、あなたはお父さんに似ちゃったのね。かわいそうに」

ひどい。そんなこと、おばさんに言われなくてもわかっているわよ。乙女入り口の私には暴言としかとれないこの言葉。吐いたのは、同じクラスのO君の母親だった。おそらく私は彼の家を訪れていたのだと思う。クラスメイトが数人その場にいた。あの頃の東京は未だ区立中学に通う子どもたちがお互いの家を行き来する距離感の中で暮らしていた。

さらなるパンチが飛んできたのは、その直後だった。場所は中学の職員室。

「あなたの顔って面白いわね。コンパスで描いたみたいに、まんまるなの。まるでお月さまみたい」

直接、教室で私を教えたわけでもない、カバのような顔をした(と記憶している)女性教師は、そう言いながら、珍獣を見るかのように私の顔を覗き込んだのだった。

撮影:秋尾沙戸子

まんまるの顔。お月さまのような顔。美人の母親とは違う顔。心無い大人の、(中学生から見たら)オバサンが思慮浅く何気に発したであろう言葉が、思春期の私を大いに傷つけた。丸顔は明らかに父親の血筋。従姉たちも全員、丸顔だった。美人の部類に属さない。

かくして私は、満月嫌いな少女となった。かつては、ウサギがいるかもしれない、かぐや姫が帰っていったかもしれないなどと、月にロマンスを抱く幼女だったのに……。もしも、あのとき、女性教師が一言「お月さまみたいで可愛いわね」とでも言ってくれれば、少しは救われたかもしれない。だが、2人の飛ばした2本の毒矢は、満月を、私の「まる顔コンプレックス」の象徴としてしまった。後に髪型で顔を長く見せるテクを手に入れるまで、私は煌々と夜空に輝く満月を美しいとは思えずにいた。