パラリンピックを巡る「共産党は弱者の味方ではないのか」ツイートへの違和感の正体

赤木 智弘 プロフィール

「障害者=弱者」と見なすのは妥当ではないだろう

そしてこれは障害者でも同じである。

単純に「障害者と健常者、どちらが弱者か」と問われれば、障害者の方が弱者であるとは言える。しかし、一流企業に勤めて安定した高収入である障害者と、独身で40代で年収250万円の健常者のどちらが弱者かといえば、それはいうまでもなく後者である。

同じ障害者間であっても、競技のために義足を何度も作り直すことができる財力やスポンサーを持っていたり、多くの寄付を受けられる状態にある障害者と、1つの義足の維持にも苦労する貧しい障害者を、単純に同じ「障害者=弱者」と見なすのは妥当ではないだろう。

また、スポーツができるような身体障害と、日常生活もひとりではままならない精神障害では、同じ障害と言っても、まったくその意味が違ってくる。パラアスリートが障害者全体を代表した存在であるかのように見なすのは、障害という問題に対する認識不足を意味する。

 

実際「パラアスリートは決して障害者を代表する存在では無い」という意見は、アスリートでは無い障害者側からはもちろん、パラアスリート側からも発信されることがある。

障害はあくまでも千差万別であり、パラアスリートのような一部の運動エリートを障害者代表であるかのように認識し、「障害者だから弱者である、弱者が主役のイベントであるパラリンピックは批判されてはならない」と一括りに考えることは、障害に対する理解不足であり、正しい理解に結び付かない考え方である。

パラリンピックが障害者活躍の1つの形であることはいうまでもないが、一方であくまでもごく一部の障害者活躍の形でしか無いとも言えるのである。

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