パラリンピックを巡る「共産党は弱者の味方ではないのか」ツイートへの違和感の正体

赤木 智弘 プロフィール

「弱者」とは一体何モノなのだろうか

僕はこのツイートに極めて強い違和感を覚えた。

……弱者?

この猪瀬氏のいう「弱者」とは一体何モノなのだろうか。

まず猪瀬氏が行ったことは単なる「くだらない当てこすり」でしかない。

要は「障害者という弱者が主役のイベントであるパラリンピックを、障害者という弱者の味方だと言っている共産党が批判するのは矛盾だろう」という話であり、いうなれば「クソリプ」としか言いようのない代物である。

では、この言い方の何がおかしいかと言えば、弱者という言葉をそのまま「マイノリティ」に当てはめてしまっている部分がおかしいのである。

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確かに「マイノリティ=弱者」という考え方は、雑な左派が声高に叫びがちな使用法である。

よくあるのが「女性=マイノリティ=弱者」という考え方だ。確かに女性が女性であると言うだけで不利益を得てしまう場面というのは決して少なくない。例えば男性と同じように働いても結婚して会社を辞めることを求められたり、重要なポストに就けないという「ガラスの天井」は今もなお、多くの女性の労働意欲を奪い続けている。

だが、その一方で、非正規問題を語るときに「女性の方が非正規労働者が多い。だから女性は弱者だ」というような安易な論が出てくることがある。

確かに平均してしまうと女性の方が非正規労働者が多く、賃金も少ないのは確かだ。
しかしこれは統計に含まれる非正規女性にはパート労働の主婦が多いというカラクリがある。

単純に40代の非正規労働の男女で、男性が年収250万円、女性が100万円だとする。これだけを見れば「女性の方が弱者」だと思ってしまうかも知れない。しかし「男性は独身でアパート暮らし。女性は結婚しており夫の年収は1000万円」などという個別の実態が見えると、途端に男性の方が弱者だということが明確になる。

 

このように、大枠のデータだけを見れば一見、弱者であるかのように見えても、本人を取り巻く周辺環境までもを考えれば、決して「マイノリティ=弱者」とは言えないという現実が浮かび上がってくる。

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