ベストセラー経済学者が語る「銀行が必要なければ、資本主義もいらない」

資本主義の実態は空っぽの「架空資本」
ヤニス・バルファキス プロフィール

無作為は暴政に対抗する強い味方

「無作為は暴政に対抗する強い味方だ」コスティが答える。「僕たちを数値化する『市民陪審』が、純粋に無作為ではない方法で選ばれていた場合、彼らが影響力を行使して、搾取と暴政を招くのは簡単だろう。たとえば彼らが選挙で選ばれていたとしても、権力を持つ少数による独裁支配、すなわち寡頭政はすぐに誕生する。無作為に選ぶという優れたアイデアは実のところ、古代のアテナイ人から借用したものだよ。古代ギリシャの首都アテナイに住んでいた彼らは確かに男尊女卑であり、帝国主義者でもあった。それでも判事を含む市の公職者のほぼ全員を、彼らが無作為に選んでいたという事実には驚く。彼らは選挙を評価していなかった。もっといい方法があることを知っていたからだ!」

コスティの説明について深く考えながら、コスタはラボの窓の外を眺めた。サンフランシスコ市民がせっせと生活を営み、一人ひとりが数字という厄介な問題を抱えている。ほとんどの人にとって、それは痛みを伴う数字だ。未払いの請求書や住宅ローンをめぐって眠れない夜が続く。その数字を不透明な方法で弾き出した人たちが、銀行の呆れるような慣行に万全の承認を与えたことも、2008年の世界金融恐慌を招く一因となった。数字は貧富の差を広げ、社会のなかの個人の権力を反映し、経済民主主義の可能性を無効にしてしまった。不快な数字は不快なシステムを映し出す。その数字とは、その人の信用力である。

 

「もし数字を持ち歩くのなら」コスタは認めた。「信用力ではなく社会力のほうがいい。無作為に選ばれた市民によって、透明なプロセスを経て、集団的に生み出された数字のほうが、銀行の手先が生み出した数字よりもずっといい」

ヤツらは銀行を廃止した!

コスティが暮らすもう一つの世界について情報を得るたびに、コスタはアイリスを思い出した。彼女ならどう考えるだろうか。アイリスなら、コスティにどんな質問をするだろうか。家父長制や人種差別、性的政治、民主主義、気候変動について、自分がまだなにも訊いていないと知ったら、さぞ憤慨するに違いない。それにイヴァだ。彼女なら、コスティの世界のいろいろな面について、価値ある質問をぶつけるだろう。特に個人の自由がどのくらい保護されているのかについて、知りたがるはずだ。

イングランドに向かう機内で、コスタの頭はめまぐるしく働いていた。このとんでもない話を聞いた時にふたりが示す途轍もない反応は、もちろん心配だ。だがそれ以外にも、なにかがひっかかる。自分はなにか大きなことを見落としている。コスティの報告で摑み損ねている重要なことがある。だが、それはいったいなんだ? ガトウィック空港に着陸する直前になって、はたと気づいた。そうだ、ヤツらは銀行を廃止したのだ!

そうに違いない。コスティの話では、誰でも生まれるとすぐに中央銀行がデジタル口座を用意してくれる。パーキャプは3つの資金口座から成る。「積立」には基本給やボーナスが振り込まれる。「相続」は社会的に受け継いだ保有資産だ。「配当」は国が毎月、配当額を振り込む口座である。パーキャプひとつで誰でもどんな支払いでも可能であれば、商業銀行は必要だろうか。リテール銀行の存在意義はすでに消滅している。

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