Photo by iStock

9月8日 医学者・井戸泰誕生(1881年)

科学 今日はこんな日

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

 1881年の今日(9月8日)、黄疸(おうだん)出血性レプトスピラ病の病原体を発見した医学者の井戸泰(いど・ゆたか、1881~1919)が誕生しました。

岡山県に生まれた井戸は第六高等学校を卒業したのちに京都帝国大学福岡医科大学(現在の九州帝国大学医学部の前身)に入学し、そこで医学を学びました。学士を取得してからも彼は母校の第一内科教室に勤務、助教授を経て福岡大学の教授となりました。

井戸泰の重要な業績としてあげられるのは、恩師である稲田龍吉と共同で行った「黄疸出血性レプトスピラ病」の病原菌の発見です。この病気は初めて報告したドイツの医師の名前からワイル病とも呼ばれます。

この病は糸状で螺旋形を描く単細胞の細菌・スピロヘータの一種であるレプトスピラを病原菌とするもののうち、最も重篤な症状を起こす型のものです。

人獣共通の感染症で、主に菌を保有するドブネズミの排泄物が混ざった水や土壌を介して人間に感染し、高熱や筋肉痛、黄疸、鼻や歯肉からの出血などが症状としてあげられますが、ひどければ死に至ることもあります。

この黄疸出血性レプトスピラ病は当時の日本で「秋疫(あきやみ)」や「七日病」などと呼ばれており、土木関係者を中心とする地方病という扱いでしたが、感染した患者の尿などからも感染するため、局所的に流行することがありました。

1909年に初めて黄疸出血性レプトスピラ病の患者を診た稲田龍吉は弟子であった井戸泰とともにこの病の研究を始めました。

この病気の原因を当時最新の研究対象であったレプトスピラではないかと予想した彼らは、井戸が二年間保存していた患者の血清標本をモルモットに注射し、その肝臓組織から病原体を発見、継代培養に成功しました。

レプトスピラ症の患者から採取した銀染色法による肝塗抹標本の顕微鏡写真 photo by GettyIMages

この研究は感染源や感染経路、診断法から治療に至るまで幅広くカバーされており、予防医学の模範とすべき事柄とされたことから、1916年に彼らは帝国学士院恩賜賞を受賞しています。

また、この業績からノーベル生理学・医学賞の候補として稲田・井戸両名の名前が挙がっていたとされます。

このように非凡な業績を残し、その後も故郷の岡山で医学会総会で特別公演を行うなど活躍した井戸泰ですが、1919年に当時世を席巻していたスペイン風邪によって37歳の若さで亡くなりました。

ちなみに、現在でもこの黄疸出血性レプトスピラ病は熱帯地域などで世界的に流行しています。

しかし、医学の進んだ現在では抗生物質の投与や人工透析が治療法として確立されており、早期の発見であるほど効果的な治療が可能です。

関連記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/