「親ガチャ」という言葉が、現代の若者に刺さりまくった「本質的な理由」

若年層に拡がる宿命論的な人生観
土井 隆義 プロフィール

ところが、こうして人間関係が内閉化していくと、異なった社会環境の人たちと自分を比較することが難しくなる。その結果、自分がたとえ劣悪な社会境遇に置かれていたとしても、その現状に対して、努力すれば報われる機会を社会的に剥奪された結果であると自覚しづらくなる。むしろ当人たちは、それを自分自身の至らなさゆえと捉えたり、宿命のようなものと考えたりするようになっていく。

こうして期待値がさらに低下し、それが皮肉にも彼らの幸福感をさらに高めている。今日、とりわけ格差化が激しい若年層において、しかし満足度が非常に高いのは、このような比較対象の同質化も背景にあると思われる。

 

獲得属性と生得属性

もっとも、現在の若者たちが彼らなりの居場所を確保し、そこで幸福感を感じとっているのなら、それはそれで結構なことではないかと考える人もいるかもしれない。しかし、現実はそう単純なものではない。

現在の若者たちが閉じた世界を生き、その結果として自らの人生に過大な期待をかけなくなっているとしたら、彼らを取り巻く社会環境が悪化しても、生活への不満はたしかに募っていかないだろう。しかし、そうして期待値が低くなった分だけ、今度は自らの人生に対して宿命論的な見方が募っていきやすくもなる。親ガチャという言葉には、まさしくその心性が投影されているように思われる。

各国の調査機関が参加して定期的に実施している「世界価値観調査」には、人生を自由に動かせると思う度合いを尋ねた項目がある。その日本のデータを見ると、1990年から2005年にかけては平均値が上昇していたことが分かる。しかし、2010年には大きく下降し、2019年にはやや持ち直したものの、2005年の値には戻っていない。年齢層別に見ると、高年層より若年層のほうが、残された人生が長い分だけ平均値は高いが、それでも経年変化は全体と同じ傾向を示している。この現象はいったい何を物語っているのだろうか。

関連記事

おすすめの記事