公立を見下す中学1年生

上記は子どもがサッカーの上手い下手でヒエラルキーを作った例だが、彼らはそれぞれが通う学校でも平然と差別する。

中学受験関連の取材である母子を取材した。私立中学に通う1年生の女児に母親が「Bちゃんも成績良かったけど、あの子は(地元の公立の)C中学に言ったよね?」と問いかけたら、娘さんは強い口調でこう答えた。
「Bちゃんは私立だよ。C中学なんて言ったらBちゃんに失礼だよっ!」

激しい剣幕に母親は「そんなに怒らなくてもいいじゃ~ん」と笑っていた。だが、目の前で見た女児の表情や声から、その子が持つ「私は私立中学で公立よりも上」という優越感が伝わってきた。もし懸命に勉強して私立に入ったのにというBちゃんへの思いがあったとしても、そこまで強く否定する必要があるだろうか。

もちろん私立中学に通う子がみんな同じとは全く思わない。だが、前出の女児には「万能感リスク」が高い気がした。

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先回りして世話を焼かれた時期が長かったり、スポーツや勉学において突出した能力を示す優秀な子どもに対し、時折親も含めて周りが何も言えなくなる。他者を傷つけたり、いじりやいじめや暴力を働いたとしても、大人が毅然とした態度がとれないことは少なくない。そうすると、万能感を持つ子は他者とのかかわりに問題が生じる。優秀だけど人望がない。歩く先々で問題を起こすリスクが高くなる。

最難関の名門大学を卒業後、性暴力事件を起こした事件で、被告の親は勉強以外のすべてをしてあげていたという事例もあった。勉強ができれば自分は偉い、誰かに世話をしてもらって当然、そんな風に思ってしまう土壌があったのではないか Photo by iStock

その意味で、この夏を騒がせた大人たちを見ていると、幼児的万能感が残ったままなんじゃないかと思えてくる。自分が何かに秀でていると感じても、さまざまな経験をすることで万能感から自尊感情に移行できる。そこから成熟した大人の道が始まるはずなのに。

では、この「万能感リスク」に向き合うにはどうすればいいのだろう。