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戦時下のインド洋を極秘潜航した潜水艦の正体

彼らが持ち帰った重要な物質とは?

「インド洋」と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか。

日本とほとんど関わりのない、はるか遠方の海というイメージをお持ちだとしたら、それは大間違いです。重要なシーレーンがあり、経済的にもきわめて密接な結びつきを持つ海でもありますが、なにより、日本列島に酷暑などの異常気象をもたらす独自の大気海洋現象が発生するなど、科学的にも関連の深い、日本にとってきわめて重要な大洋の一つなのです。

日本海』『太平洋』と、これまで日本列島を挟む2つの海にフォーカスした著作を発表してきた東京大学名誉教授・蒲生俊敬さんが今回、『インド洋 日本の気候を支配する謎の大海』を上梓されました。

ロング&ベストセラーとして人気を博す海洋科学シリーズの第3弾として、「インド洋」が選ばれたのはなぜなのか?—— 蒲生さんに緊急寄稿していただきました。

アフラシアの時代

我々が今を生きる21世紀は、「アフラシアの時代」ともよばれます。アフラシアとは、アフリカとアジアを合わせた名称で、アフラシア諸国によって囲まれたインド洋への関心は年々、高まる一方です。

『インド洋 日本の気候を支配する謎の大海』(以下、「本書」または『インド洋』とよびます)は、さまざまな角度からインド洋のサイエンスに光を当て、歴史的な出来事にも視点を広げて、日本にとってのインド洋の魅力や重要性がどこにあるのかを明らかにすべく書いたものです。

インド洋と日本とをつなぐ、驚くほど多様で強固なつながりの数々──それらを本書の随所にちりばめました。本書をきっかけに、インド洋に興味を持つ方が増えることを願っています。

 

「ただならぬ存在感」を持つ大海

以下では、本書に記すことのできなかった「番外編」として、かつてインド洋で繰り広げられた史実を一つ、ご紹介します。第二次世界大戦中、極秘のうちにインド洋を往復して(しようとして)いた日本の潜水艦の物話です。

『インド洋』のなかでも書いたように、ぼく自身、インド洋で計8回の研究・調査航海に参加し、のべ約300日間をインド洋の風に吹かれて過ごしました。

その際、航海荷物の中にいつも携えていたのが、吉村昭の『深海の使者』でした。1976年4月発刊の文庫本で、ぼくが持っているのは1988年8月発行の第9刷です。

【写真】吉村昭著『深海の使者』吉村昭著『深海の使者』。繰り返し読み返した蒲生さんの愛読書

これまでに5〜6回は通読したでしょうか。ページは黄ばんでヨレヨレです。

大戦中の1942年から1945年にかけ、波濤万里、インド洋から大西洋を経て、日本とドイツとのあいだを秘かに往来した日本海軍の潜水艦について詳しくまとめられた大作です。

当初は、「インド洋の風に吹かれながらゆっくり読もうか」くらいの軽い気持ちで持参したのだと思いますが、読み始めたら止められなくなりました。潜水艦の艦長をはじめ、乗組員たちが苦労に苦労を重ねる姿が髣髴(ほうふつ)と浮かび、眼前に広がるインド洋が、ただならぬ存在感をもって迫ってくるようになりました。

帰国できたのはわずか1隻

当時の同盟国であるドイツと我が国とのあいだには、陸路としてシベリア鉄道がありました。しかし、ドイツとソ連が1941年に開戦してからは使用不能となり、人や物資の往来は海路に頼らざるを得なくなります。

大戦が始まった頃、ドイツは数多くの海上封鎖突破船(あるいは仮装巡洋艦)をインド洋や太平洋に放ち、米英など連合国側の通商破壊工作をさかんにおこないました。これらの艦船は「柳船(やなぎせん)」ともよばれ、戦略物資を日本に輸送したり、逆に、アジア原産の天然資源をドイツに持ち帰ったりしました。柳船がもたらすドイツの最新技術に、我が国は大きな恩恵を受けていました。

しかし、戦局が硬直化するにつれ、柳船は連合国側の哨戒網の餌食(えじき)になり、失われていきます。そして最後に残ったのが、海面下を秘かに行き来できる潜水艦による人や物資の輸送だったのです。

隠密行動である以上、無線はほとんど封鎖し、敵艦を見つけてもいっさい攻撃せずに身を潜めるのみ。英国の勢力下にあったスエズ運河を避け、アフリカ大陸の南端(アガラス岬)をぐるりと迂回しなければなりません。

このような潜水艦のドイツ派遣は、表1に示したように5回計画され、使用された潜水艦は、すべて「イ号」タイプの大型艦(2000〜2500トン程度)でした。

表1 「深海の使者」としてドイツに派遣された5艦の航海記録  拡大画像表示はこちらから

ただし、「イ34」はインド洋へ出る直前、当時は日本の占領地だったマレー半島北西岸のペナン港外で雷撃を受けて沈没、また、「イ52」はインド洋は無事に通過できたものの、大西洋のほぼ中央で撃沈されて目的を果たせませんでした。

ドイツにたどり着けたのは「イ30」「イ8」、および「イ29」の3艦。復路は、逆のコースをたどってインド洋を横断し、ペナンまたはシンガポールに寄港しますが、日本本土まで戻れたのは「イ8」の1隻のみでした。

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