2021.09.06
# 美術・建築

「タリバンよりも残酷」だった? 明治維新の「廃仏毀釈」はタリバンの「大仏破壊」とどう違うのか

畑中 章宏 プロフィール

4つの要点について

廃仏毀釈を結果的に招くことになった、神仏分離の4つの要点を少しばかり説明しておこう。

まず「神宮寺」の廃絶というのは、古代以来の神仏習合によって、古くから地域で信仰されてきた神社の社域や神社に隣接した土地に、仏教の仏が神道の神を守ることを目的(口実)に「神宮寺」が建立された。

 

現在も多くの参拝者でにぎわう鹿島神宮(茨城県)、諏訪大社(長野県)上賀茂神社・下鴨神社(京都府)、住吉大社(大阪府)、宇佐八幡宮(大分県)、そして皇祖神アマテラスを祀る伊勢神宮(三重県)にも神宮寺があった。

神宮寺は隣接する神社を管理・運営し、社僧や別当と呼ばれる僧侶が、神社の方でも読経など仏式で神を拝んでいた。このような仏教による神社支配、神道が仏教に従属するような体制を終わらせることが、神仏分離の重要な目的のひとつだったため、ほとんどの神宮寺が廃寺に追い込まれたのである。

住吉神宮寺跡地

神宮寺とは別に「宮寺」という形式があり、こちらは名前のとおり宮と寺が混然一体となったものである。八幡大菩薩を祭神・本尊とする各地の八幡宮が宮寺の形式をとり、京都の石清水八幡宮、鎌倉の鶴岡八幡宮も、かつては「石清水八幡宮寺」、「鶴岡八幡宮」と呼ばれる宮寺で、境内には仏教建築が建ち並び、多くの仏像が安置されていた。「宮寺」の神社化は、境内から仏教色を排除することを意味するため、堂塔、仏像・仏具の除去が徹底されたのだ。

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