2021.09.05
# ラグビー

思いは未来へ 釜石V7戦士・高橋博行とスクラム東北ライドの物語

釜石ラグビー〜未来に続く物語 最終回

日本で初めて開催された2019ラグビー・ワールドカップ。日本代表の活躍に日本中が熱狂した大会の開幕から、今月でちょうど2年になる。

東日本大震災で壊滅的な被害に遭いながら、この世界的なイベントの開催都市として手を挙げたのが、三陸の小さなラグビータウン・釜石だった。

多くの人々の思いが結実し、釜石でのワールドカップは見事に成功したが、このイベントを、釜石だけではなく、東北全体で盛り上げ、思いを未来に繋げようと奮闘した一人の男がいた。

新日鉄釜石ラグビー部日本選手権7連覇のメンバーであるレジェンド・高橋博行は、奮闘する日々のなかで、何を思い、何を伝えようとしたのか。

 

W杯開催で東北全体を元気にしたい

「釜石だけ、岩手だけじゃダメなんだよ。ワールドカップは東北全体で盛り上げないと。ねえ」

高橋博行さんは、よく通る大きな声で言った。

高橋博行さん(右)よく通る声と笑顔がトレードマークだった(2017 年 9 月、陸前高田市付近で)


ときは2015年3月。ラグビーワールドカップ2019日本大会の開催地12会場が決まったばかりの頃だった。

選ばれたのは北から札幌、釜石、熊谷、東京、横浜、静岡、豊田、東大阪、神戸、福岡、大分、熊本。12都市の中で、ひときわ異彩を放っていたのが釜石だ。人口は3万人強。スタジアムはまだ着工もされていない。

そして、釜石は、ほんの4年前に東日本大震災の津波に襲われ、壊滅的な被害を受け、まだ復興途上にある町だった。

厳しい条件は承知の上で、釜石市は復興のシンボルとして、復興支援への感謝の印として、ワールドカップ招致へ手を上げた。同じように、被災地から手を上げたのが東北最大の都市である宮城県仙台市だった。だが仙台市は開催都市の選から漏れた。釜石は、東北地方で唯一のワールドカップ開催地になった。

このとき、ワールドカップの開幕までは4年半。2015年ワールドカップで日本代表が南アフリカを撃破するのはこの半年後のことだ。まだ列島にラグビーブームは来ていなかった。「釜石でワールドカップ開催決定」の報は、広く知れ渡っていたとはいいがたかった。

このままだと、東北におけるラグビーワールドカップは、釜石だけの話になってしまうんじゃないか――新日鉄釜石のラグビー日本選手権V7メンバーで、NPO法人スクラム釜石事務局長である博行さんはそれを心配していたのだ。

2011 年 5 月、松尾雄治さん、石山次郎さん(左から)らとともにスクラム釜石結成に参加した(右端)

「ワールドカップで、世界のみなさんに来てもらって、被災地の復興を見てもらう。そのときに、釜石に来るだけで帰ってもらうんじゃもったいない。ワールドカップの釜石開催は東北全体の復興につながらなきゃいけない。そのためには、東北全体で、ワールドカップを迎える機運を作らないと」

そして、博行さんは言ったのだ。

「福島から宮城、岩手と東北の3県を自転車で走って、釜石まで行くなんてできないかな。その途中で、いろいろな被災地の人たちと交流して、ワールドカップの宣伝もして。ねえ」

博行さんの頭の中で、アクションのイメージが泉のように噴き出ているのが伝わってきた。

自分たちにできることは、自分の体を使うこと。だから体を使って何かしたい――それはネガティブな意味ではなかった。自転車で走るのは楽しい。その楽しさを使って、釜石のワールドカップ開催の価値を高めよう。東北が元気になれるように応援しよう。

ワールドカップの価値をたくさんの人に伝えながら、自分自身も東北を自転車で走ることを楽しもうとしていたのだ。

博行さんは、新日鉄釜石ラグビー部の日本選手権7連覇当時に活躍した名フランカーで、東日本大震災の直後にOBをはじめとした釜石ラグビーに関わりのあった人たちと連絡を取り合い、ラグビーを通じて震災からの復興を目指して活動するNPO法人「スクラム釜石」の立ち上げに尽力した。

新日鉄釜石に同期入社でともに7連覇を戦った石山次郎代表とともに、事務局長としてチームの先頭に立って活動してきた。

震災直後には、チームの存続が危ぶまれた新日鉄釜石ラグビー部の後継クラブ・釜石シーウェイブスの存続のため、サポーター会員の新規募集に奔走した。

震災の翌年には、同じように日本選手権7連覇を達成し、同じように大震災に見舞われた経験を持つ神戸製鋼の7連覇メンバーたちと震災復興支援のチャリティーマッチを実現した。

宮城県にある陸上自衛隊船岡駐屯地のラグビーチームの協力を受けて、東北6県の小学生によるラグビー交流大会「ともだちカップ」も企画した。ラグビーの試合をするだけでなく、参加チームをシャッフルしてテントに泊まり、初対面のメンバーと飯盒炊爨やチームゲームを体験してもらうなどのコンテンツを盛り込んだユニークな大会だった。

東北小学生交流大会ともだちカップでは、子どもたちとスイカ早食い競争に興じた(左端が博行さん)
ともだちカップ運営に全面協力してくれた船岡自衛隊の皆さんにエールを送る博行さん(2012 年 8 月)

そんないくつもの試みの中で、スクラム釜石の活動の柱となったのが「2019年ラグビーワールドカップを釜石で開催しよう」というアクションだった。

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