江戸時代から都市長崎に受け継がれる、遊女のマッチングシステム

外国人と共にあった長崎の歴史
赤瀬 浩 プロフィール

外国人と共にあった長崎住民の意識

前述のように、勘五郎はロチから話を聞き、好みのタイプを知った上で相手を手配したのだった。ある比較的豊かな家庭にロチの好みそうな娘がいることを思いつくと、両親を説き伏せて婚礼の手配をするのに2日を要した。

ロチの仮寓に花嫁行列が到着し、初めて姿を見たその娘はあまりにも幼く、ロチは結婚は不可能と考えた。だが行列の中にいた花嫁の付添の娘に好感をもち、勘五郎に何とかしてくれるよう頼みこんだ。

破談と求婚というその場の修羅を収めたのは、またしても勘五郎の力量であった。破談の花嫁には引き取ってもらい、付き添いの娘の親を説得し、あらためてロチとの結婚を取り持った。

こうしてロチの連れ合いとなった娘が「お菊さん」なのである。

勘五郎は、これぞと思う娘には、裕福で厳格な家庭であっても外国人との契約結婚を承諾させる説得のノウハウをもっていた。

また素人の家の子が外国人の相手になることが大騒動ではなく説得次第というのも、300年もの間、狭い街で外国人と共棲し続けてきた長崎住民独特の意識であった。

 

「蝶々さん」の悲恋

ロチとお菊さんの結婚の様子は、オペラで有名なマダムバタフライ蝶々さんとピンカートンの悲恋を連想させる。

アメリカ人ジョン・ルーサー・ロングが、ロチの「お菊さん」に刺激を受け、さらに長崎東山手(ヒガシヒル)に居住していた姉ジェニーから聞いた、外国人士官と長崎娘の話を合わせて書き上げたのが「マダムバタフライ」である。

ロングの小説を読んだイタリア人ベラスコが戯曲化し、その戯曲を見たプッチーニがオペラ化したものが「マダムバタフライ」である。

小説「お菊さん」のモデルになったのは、お兼さんという実在の長崎娘である。最後までロチに気を許さなかったため、その腹いせで小説では金目当ての娘と描かれた。その対極が悲恋に泣く蝶々さん。

もっとも、どちらも旅人が長崎娘たちの恋心をもてあそび、男目線で勝手にロマンに仕立て上げたものであることには変わりはない。

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