現代版「文化大革命」か…!いま中国で起き始めている「紅い芸能界」への変革

これは単なる「一俳優の事件」ではない
近藤 大介 プロフィール

毛沢東が招いた生き地獄

「歴史は繰り返す」というが、いま中国で起き始めていることも、もしかしたら1960年代の中国現代史の繰り返しなのかもしれない。

先週は、習近平主席が8月17日以降、大々的にスローガンに掲げている「共同富裕」のキャンペーンが、1960年代の「文化大革命」の再来を髣髴(ほうふつ)させるということを述べた。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86570

今回はこの問題に、「文化」という面から、スポットライトを当てて考えてみたい。

Gettyimages

本コラムの読者には、「文革」を知らない若い世代の読者も多いだろうから、まずは「先例」をおさらいしておく。

中国では、1958年から毛沢東主席が主導した無謀な「大躍進運動」が失敗に終わり、1959年から1961年まで、「三年飢饉」と呼ばれる深刻な経済危機を迎えた。餓死した人の数は、推定で約4000万人。中国は公式に、8年に及んだ抗日戦争(1937年~1945年)で死亡した人の数を、1100万人としているから、その4倍近い数である。

このほど出版された『中国共産党の歴史』(高橋伸夫慶應大学教授著、慶應義塾大学出版会、2021年7月刊)には、こんな記述がある。

〈 1960年秋、事態は窮迫していた。全国各地に大量の餓死者が現れ、食べるものが何もなくなった人々は、とうとう互いを食べ始めた。「死者の肉は、外からやって来た飢えた人々だけでなく、[死者の]家族でさえも飢えをしのぐためにそれを食した。当時、『人が相食む』ことは個別の現象ではなかった。

……古い書物には、『子供を交換して食べた』という記載がみられるが、この大飢饉の時期、自分の子供を食べる事件は相次いで起こった。(中略)当時、食人の記録は全国で少なくとも千にのぼったという。共産主義の理想郷に近づくどころか、深刻な道徳的退廃が起きていた 〉(187ページ)

 

これらの悲劇を総括した1962年の「七千人大会」(党中央拡工作会議)では、「三分の天災、七分の人災」とされた。毛沢東主席はこの会議で、生涯ただ一度の「自己批判」に追い込まれた。

こうした自身の逆境と中国経済の混乱を、毛沢東主席はどうやって「突破」していったか。それは、「文化」を利用したのである。

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