2001年9月11日のアメリカ同時多発テロで犠牲となった杉山陽一さん。当時妻の晴美さんとの間に3歳と1歳の男の子がおり、さらにお腹の中には新たな命もあった。
それから20年のことを伝える晴美さんの連載「あの日から20年」。連載18回では、テロから10年を迎えようとしていた晴美さんが、自身も重要性を知った「メンタルケア」の資格をとり、子育て以外に自立する覚悟を決めたこと、そしてそのときに2011年3月11日の震災が起きたことをお伝えした。

日本に帰国直前の晴美さんと3人の子供たち 写真提供/杉山晴美

19回目の今回は、それから杉山家の子供たちがどのように成長していったのか、そして晴美さんが自身が自立をするために、テロから14年目にできた「新たな夢」についてお届けする。

杉山晴美さん「あの日から20年」今までの連載はこちら
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家族が初めて「別々に過ごした」日

2011年は2001年からちょうど10年。それは家族が寄り添い頑張ってきた10年。
前回、その頃メンタルケアの活動を始め、そして東日本大震災が起き、東北の被災地にボランティアとして訪問したという話を書いた。それは夏休み期間のたった5日間ではあったが、初めて家族それぞれが別々のところに分かれて過ごした数日間であった。

中学2年と小学6年の次男は、私の母と家で留守番。小学4年になった三男は、その間、母親とも兄二人とも離れ、友達や知り合いのいないキャンプに一人参加した。しかも本土から遠く離れた小笠原へ、25時間船に乗って。

その際に感じた事。それは、事件からの10年は家族がいつも一緒であったが、これからはそれぞれが自立し、巣立っていく10年になるだろう。
そしてまさにそれが現実となる10年間であった。    

そこで、事件から10年になるあたりの子供たちの成長と、そしてわたしが見つけた新しい夢のことをお伝えしたい。