意外にも食卓ではあまり親しまれていない?
そもそも「重陽の節句」って?

京都の料亭や割烹では、菊酒が振る舞われたり、被綿(きせわた、香りを移すために綿を乗せたり被せたりした菊)が飾られていたり、料理に菊が添えられて出てきたりする。華道の家では、菊のいけばなに綿を被せるという。お茶席では、菊をかたどった練りきり(あるいは、こなし)に、綿を模した白いそぼろを載せた、「被綿」という銘の和菓子が呈されることが多い。

神社でふるまわれた菊酒を通して菊のイメージがガラリと変わった私は、てっきり一般家庭でも食卓に菊が並ぶものと思っていた。

栗ごはん、秋なすの煮浸し生姜添え、菊のお浸し。写真提供:秋尾沙戸子

だが意外や意外、菊の節句は桃の節句などに比べ、いまひとつ広がりに欠ける。ごく一部の家庭で、栗ごはん、なす、菊のお浸しを食すところがあるくらいだ。この季節、秋なすは中風(脳梗塞など)に効くと伝えられ、収穫期と重なる栗ごはんは定番で、重陽の節句は庶民の間では「栗の節句」と呼ばれてきた。菊がなぜ庶民に広まらなかったか、確固たる理由はわからない。栗ほどお腹が膨れなかったからか、子どもに人気がなかったからなのか――。

とはいえ私自身はより「重陽の節句」本来の雅な空気を味わいたく、最近は安価で手に入る食用菊を買い、菊酒を飲み、菊花をお吸い物に散らして、これまで自宅で祝ってきた。コロナ禍の今年は一層の邪気払いを狙って、菊のお浸しを加えてみたい。と先日食用菊を買い込んで試作してみたが、菊花は湯に通すとすぐ茶色になってしまう。ゆで時間が30秒だと未だ固く、1分経つと茶色になる。結局、鮮やかな黄色に仕上げるには、お湯に軽く酢を加えて湯がくのがコツと学習した。手で絞らず、自然に水切りをすると、適度な食感が保たれる。

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そもそも「重陽の節句」とは何か。
11、33、55、77、99と、奇数(=陽の数字)が2つ重なる日は縁起がいいはずだが、陽の気が強すぎて不吉でもある。ゆえに、それら5日を節句と定め、盛大に祝うことで邪気払いしようとした。9月9日は奇数重ねの極みであり特に注意が必要で、五節句の中でも最も重要な節句と位置づけられた。こうした考えは中国から入った。日本に伝わったのは平安初期。宮中では「五節会(ごせちえ)」と定めて祝い、重陽の9月9日には「菊の宴」が催された。この日、御所の紫宸殿では天皇が直々にお出ましになり、菊の花を愛で、菊酒を飲み、歌を詠んだと伝えられている。

延寿の妙薬として菊が有効なら、そのエキスを肌につければ若さを保てるかもしれない。最初にそう思いついたのが宮中の男子か女子か定かではないが、茶の湯で好まれる和菓子のモチーフ「被綿(きせわた)」は、その当時、御所の女御たちの間で流行したものである。9月8日、菊の上に真綿を被せて香りを移すべく夜露を含ませ、翌朝、菊の雫を含んだ真綿でからだを拭った。現代でいえば薬用ローションをコットンに含ませてケアする感覚か。被綿は宮中で働く女性たちが美しさを保つアンチエイジング対策だったのである。