東京から京都に移り住んだジャーナリストの秋尾沙戸子さんと、秋尾さんを京都の師とあおぐ漫画家の東村アキコさんの連載「アキオとアキコの京都女磨き」、今回のテーマは「菊の節句」

実は昔、菊に苦手意識を持っていたという秋尾さんですが、京都の文化に触れイメージが一変! 今ではこの時期、菊がなくてはならないと言います。そのわけは、9月9日が「重陽の節句」だから。これを聞いて「桃の節句」なら知っているけれど……と思う人も多いはず。そこで今回は、そもそも重陽の節句とは何なのか、この時期に菊が不可欠な理由や、アンチエイジングとしても注目されている菊にまつわる「ある伝説」についてもお届けします。

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京都でガラリと変わった「菊」へのイメージ

無いの、無いの、どこにも無いの。菊が無いのよ、東京には――。

その日、東京・六本木界隈に滞在していた私は、菊を探し歩いていた。コロナ禍の昨年(令和2年)9月9日夕方のことである。高級食材店や東京ミッドタウンなどで訊ねたが、菊を売っていないのである。1年中あるでしょ、お花屋さんに。と思うだろうが、私が求めていたのは、墓地や仏壇に供える菊花ではない。お酒に入れるための食用菊。あるいは、菊モチーフの和菓子だった。

落胆している私に、どこからともなく、こんな声が降ってきた。
「そもそも、アキオは菊の花が嫌いではなかったのか?」

―――はい、そうです。でも京都に来て変わったんです。「重陽の節句=菊の節句」に出会ったから。若い時は辛気臭くて、むしろ嫌いでした。もっといえば、幼いころはグロテスクで怖いとさえ感じていたのです。菊花展(品評会)で見た、自分の身長ほどの背の高い菊、自分の顔より大きくて、鱗のように花びらが重なって、やがて怪獣に化けて襲ってきそうな大輪の菊花を見てから、妙に怖く恐ろしいものに思えて、着物選びでも、菊花の文様を避けていました――。

厚物と呼ばれる大輪の菊。幼き日のアキオには怖い存在だった。Photo by iStock

と心の中で言い訳してしまった。

そう、京都で暮らさなければ、私はいまでも菊嫌いのままだったかもしれない。9月9日が「重陽の節句=菊の節句」と知ってから、私の菊への眼差しは180度変わった。いまは「延寿の妙薬」としてリスペクトしている。少なくとも、重陽の節句その日は、菊酒で邪気を祓うか、菊モチーフのお菓子を食べて、延命を祈願すべきだとさえ思っている。コロナ禍のいまこそ、菊による浄化が意味を持つのではないだろうか。