2021.09.04
# ライフ

なぜ「無縁墓」と「墓じまい」がいま急増しているのか?その“意外な背景”

地方の過疎化と少子高齢化にともない、近年、急増している「無縁墓」。満足に世話のできない遠方の墓を持てあまし、元気なうちに「墓じまい」をする人も多いという。著書『「墓じまい」で心の荷を下ろす』を出版した、宗教学者の島田裕巳氏に、その歴史的・社会的背景と、これから私たちはどのようにお墓とつき合っていけばよいのか、解説していただいた。

「故郷・実家・墓」が一体だった時代

寺請制度(仏教の檀信徒である証明を寺から請けることを義務づけた制度。これによって、人々はそれぞれ菩提寺を定め、そこの檀家になりました)は、江戸幕府が倒れ、明治政府が誕生した段階で廃止されました。しかし、寺檀関係はそのまま継続されました。また、寺院墓地に墓を求めれば寺檀関係を結ぶということも、その後くり返されてきました。

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寺檀関係を結んだ菩提寺と同じ地域で生活しているなら、頻繁に行くことがあるでしょうし、寺院の行事に参加することもあるでしょう。当然、住職とは知り合いで、日頃のつき合いのなかで檀家としての自覚も強化されていきます。

ところが、戦後は、地方から都会への移動ということが相当な規模で行われ、寺檀関係を結んでいながら、菩提寺があるところとは別の場所で生活する人たちが増えていきました。しかも、相当に距離が離れていて、滅多に寺院を訪れることはなく、墓参りにも行ったりはしない。そういう人たちが増えていったのです。

それでも、都会に出てきた人に実家があれば、盆暮れに「帰省」するということがありました。その時期には、「民族大移動」などと呼ばれる大規模な帰省ラッシュが起こったのです。

 

そこには、交通機関の発達ということも関係しています。全国に新幹線網が広がり、航空機を利用することもできるようになりました。とくにマイカーは、家族全体で移動ができるので、帰省には最適な交通手段となりました。

戦前にも、さらには、もっと昔の時代にも、職を求めて、地方から都会に出てきた人たちはいました。だからこそ、日本でも都市が発展したのです。江戸時代の江戸などは、その時代、世界最大の都市であったとも言われています。

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