学生アカデミー賞」という賞をご存知だろうか。アメリカのアカデミー賞が主催する、学生版のオスカーで、過去の受賞者の方々の中にはピクサーで数々の作品を監督しているピート・ドクター監督(『モンスターズ・インク』『カールじいさんの空飛ぶ家』他)や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のロバー ト・ゼメキス監督など、そうそうたる顔ぶれが名を連ねる。

ピート・ドクター監督 Photo by Getty Images

この学生アカデミー賞のアニメ部門ファイナリストに、日本に生まれ育ち、中学を出て単身アメリカに渡った日本人女性が残っている。23歳の田村鞠果さんだ。5月に大学を卒業をしたばかりで、10月の授賞結果を待つ田村さんに、アメリカのアニメ界のこと、アメリカ作品と宮崎駿(崎は本来は立に可)作品、細田守作品との違いを現地でどのように捉えられているかなどをメールインタビューで伺った。

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映像を目指す学生にとって登竜門のようなアワード

そもそも田村さんが学生アカデミー賞に応募したのはどのような経緯だったのだろうか。

――学生アカデミー賞は映像系の職業を目指す学生にとっての登竜門のようなアワードです。私も、毎年選ばれている作品を見ては「いつかこんな作品を作れるようになりたい!」とインスピレーションをもらっていました。そのため、やはり自分の卒業制作で挑戦してみたいという気持ちはありました。

とはいえ、「学生アカデミー賞を取るために」という姿勢で卒業制作に取り組んだことはありませんでした。やはりアートは主観的なものですから、賞のことは関係なく、とにかく「自分の伝えたいストーリーを形にする」ということを大事にしました。卒制の短編アニメで、今回学生アカデミー賞の最終選考に残った「Final Deathtination」ではサウンド以外の全工程を1人で制作しました。

絵コンテやデザイン、CGのどの工程でも自分が納得いくまで考えて制作したため、毎日四六時中作業していましたが、自分の好きなことを突き詰めるのは楽しかったです。自分の周りも、アニメーションが大好きでいつも作業に全力で取り組んでいる友人ばかりだったため、お互い助け合いながら制作したのも良い思い出です。2分間の作品ですが、制作には1年半程かかりました。

学生アカデミー賞最終選考に残った田村鞠果さんの作品 出典/youtube Final Deathtination | Official Film

中学時代に「アメリカのアニメを学びたい」と決意

そんな田村さん、日本で生まれ育ち、中学受験をして慶應義塾湘南藤沢中等部(SFC中等部)に入学、そのまま日本で大学進学することを考えていたという。高校のときからアメリカのアニメーションの世界に足を踏み入れたのは、中学での授業での先生の言葉がきっかけだった。

――幼少期から絵を描くのが趣味ではありましたが、一人での作業が多い画家やイラストレーターといった職業は性に合わないかもしれないと思い、職業としては考えていませんでした。しかしSFC中等部の3年生の時、「英語で映画を観よう」という課題があり、私は比較的英語が簡単なディズニーやピクサー作品を選んで見ていたんです。それを見た英語の先生が、「アニメーションが好きなんですか? 田村さんは絵が好きなので、アニメーションみたいな職業合ってそうですね!」という何気ない一言を言って下さったんです。そこからアニメーション業界とはどのような世界なのか興味を持ち始め、ドキュメンタリーなどを見る中でアニメーション映画はチームで作られるのだということに気付き、クリエイティブで協力し合う環境に惹かれていきました。

思い立ったら即行動タイプなもので……中学3年生の夏の終わりから、「海外のアニメーション業界で働く」という目標のために、残り半年間で準備に奔走しました。高校でアートを専攻するための作品集(ポートフォリオ)の審査がありました。そのため、留学準備をするかたわら、美大進学のための予備校に半年間通い、大急ぎで作品集を仕上げて提出しました。

最初はSFCを辞めて芸術の道に進むという決断を心配していた両親も、私が留学先のことや大学のことなど沢山の情報を自分で集めて真剣に考えているのを見て、応援してくれるようになりました。今でもずっと支えてきてくれた家族に本当に感謝しています。