芸人として、ひとりの女性として、フォーリンラブのバービーさんが抱いているモヤモヤに真っ直ぐ向き合い、本音をズバッと綴っているFRaU web連載「本音の置き場所」(毎月1回更新)。今回は、中学・高校時代を振り返り、無気力に生きてきたバービーさんに初めて「楽しい」という感情が湧いたときのエピソードや、バービーさんの人生を変えたとも言える部活の顧問の先生からの言葉について綴っていただきました。

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テニスに明け暮れた高校1年の夏休み

夏、脳天を叩き割るような強い日差しを感じると、テニスに明け暮れた高1の夏休みを思い出す。

生きていると、あの時のあれがなければ、違う結果になっていたのではと思うものがいくつかある。顧問の先生の一言や、最高の仲間がいなかったら、何事にも無気力で、悲観的なものの見方しかできない人生だったかもしれない。浅ましい事件や事故を見るたびに、もしかしたら、その犯人は私だったかもしれないと、胸を撫で下ろす。

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かなり重い中二病だった中学時代

振り返ってみると、テニスとテニス部の顧問、仲間が、私という人格の土台を作ったと言ってもいいだろう。私の中二病は、かなり重かった。「思春期特有の」という言葉で片付けていいのかはわからないが、一番の興味関心は、「死」についてだった。妄想の世界に住み、『この世界全部消えろ!』なんて本気で思っていた。

MALICE MIZERやゴスロリにも興味を持つが、精神的世界観に反して、今に通ずる見た目の快活さゆえ、誰からも病んでいるように怪しまれることはなかった。休まず学校には通い、中学では部活も入った。軟式テニス部だ。 

写真提供/バービー

元々、自由にファッションを楽しんでいるところがあったし、浮世離れしている様が逆に、飄々と、堂々と、我が道を行く人に見られていたようで、中学の友達には、厭世家だとは思われていなかったかもしれない。それでもテニス部の仲間で、なんとなく気づいてくれた人とは、コードレス電話の子機の充電がなくなるまで長電話する親友になった。

特に中学生になってからは、ホルモンバランスの不調からか活火山のように、膿をたんまり溜めこんだニキビが顔中にできたし、メンタルヘルス的にも、何をやっても楽しくなく、一人だけ違う時間軸や空間に生きているような孤独感、気分の落ちこみが続き、人生で一番辛かった

写真提供/バービー