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オリックス・宮城大弥は、なぜ極貧生活から這い上がれたのか? その壮絶な来歴

6畳一間に4人暮らしの実家

昨年まで最下位だったオリックスが、今年は首位を突っ走っている。リーグ1位の勝ち星でチームの快進撃を牽引する若き左腕の歩んできた道には、想像を絶する「貧困」の壁が立ちはだかっていた。発売中の『週刊現代』が特集する。

「百均」のバットを握って

「電気代を払えず、頻繁に電気が止まるのでマッチとローソクは手放せない生活を送っていました。

ガス料金も払えなかったので、真冬になるとポットのお湯で体を拭いてしのぎました。こんな家庭なのに、息子は文句ひとつ言わず、ただただ野球に打ち込んでいました」

宮城礼子さん(53歳)は、しみじみとこう語る。

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8月21日、京セラドーム大阪で行われたオリックス対西武戦で、もっともファンの注目を浴びたのは、まだ高卒2年目の若者だった。

西武打線を7回無失点に抑え、リーグトップの11勝目を挙げた男の名は、宮城大弥。25日にようやく20歳の誕生日を迎えたこの若武者は、パ・リーグ首位をひた走るオリックスの左のエースとして活躍している。

最速150km/hの速球と、カーブ・チェンジアップ・スライダーなど多彩な変化球で打者を翻弄した宮城は、試合後のインタビューで「野手に助けられ、なんとか踏ん張れた」と謙虚に答えた。

その表情からは、つい最近まで高校生だったとは思えないほどの落ち着きと余裕が感じられる。

'19年のドラフト会議で、オリックスは石川昂弥(中日)、河野竜生(日ハム)の交渉権獲得に失敗し、「外れ外れ1位」で宮城を指名した。

宮城は、佐々木朗希(ロッテ)や奥川恭伸(ヤクルト)といったスター候補に比べると、目立つ存在ではなかった。

しかし、現在ドラフト同期の中で最も実績を残しているのは、紛れもなく宮城である。

プロ二年目にして最多勝争いに絡む大活躍―絵に描いたような成功物語を歩む宮城だが、その人生は決して順風満帆なものではなかった。

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