孫正義「10兆円ファンド」の資金調達を支えた男「ラジーブ・ミスラ」とは一体何者か?

「ビジョン・ファンド」誕生秘話
井上 篤夫 プロフィール

学生時代1983年と84年の夏休みには、ニューメキシコ州のロスアラモス国立研究所で働いた。衛星の製造に関わった。ロナルド・レーガン大統領の時代。大変楽しかった。

ペンシルベニア大学を卒業後、2年間はコンピュータ・プログラマーとして働いていたが退屈になってきた。しかし次に何をすればよいかわからなかったので、MBAに行き、それを考えようと思った。「人生のあらゆることはロジカルではなく、アクシデンタル(偶発的)なのです」

MIT(マサチューセッツ工科大学)スローンスクールに決めた。通常2年のコースを1年半で終えた。学費節約のためだ。MBAを取得したのち、ニューヨークのメリルリンチに入社、金融工学を駆使したデリバティブ取引を担当した。

当時のウォールストリートでもっとも困難だった点は、いわゆる「クラブ」(仲間)であることだった。一度受け入れられ、仕事ぶりも良ければ成功が待っているが、そこに属すること自体がとても難しかった。

人種的な偏見や、ハーバードやイェールなどの学閥によって作り上げられた男性優位なコミュニティーであった。ラジーブがメリルリンチに雇われたのは、金融には不可欠な数学的な専門があったからだ。

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「金融業のよい点を挙げるとすれば、実力主義であることだ。成果が見えやすく、成果を出せば誰からも止められない」とラジーブは言う。

スローンスクールを卒業したのは、1990年代の債権ブームが到来したとき。20~30年のブームのなかで、のちにラジーブはドイツ銀行で、デリバティブ・スワップ、金利スワップ、為替デリバティブ、クレジットデリバティブの取引を行なった。最終的にドイツ銀行では債券のグローバルヘッドを務めた。世界中の3000人とともに、債券を取引していた。

ラジーブは投資の基準ついて、こう言う。

「投資はロングタームです。とくに非公開企業に投資する際はそう」

10年先の世界が見えている

2021年3月期第3四半期で、ソフトバンク・ビジョン・ファンド事業の投資利益は2兆7673億円となった。

投資先のなかから最低でも、15~20社の革命的な企業が登場し、生活を変えていくだろう。

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