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# 住宅 # 介護

息子に捨てられる…借金して二世帯住宅を建てた男性が迎えた「苦しすぎる老後」

すべてが予想外の出来事

時田さん(仮名)は定年後、息子夫婦を二世帯住宅に住まわせ、家計の安定と引き換えに老後の面倒を見てもらう計画を実行した。ところが、妻に突然先立たれ、自らも老いを感じることが増えてから、雲行きは怪しくなる。介護情報サービス会社「在宅介護エキスパート協会」で代表を務める渋澤和世氏が、実例を交えて解説する(プライバシー保護のため、一部脚色している部分があります)。

前編はこちら:二世帯住宅に息子夫婦を住まわせ、面倒を見てもらう…打ち砕かれた定年後の夢 

要介護認定後、外出がおっくうになり…

現役時代はもちろん、リタイヤ後も全ての家事を妻に任せっきりだった時田さん。当初は料理もまったくできず、戸惑うこともありましたが、持ち前の研究熱心さで、料理を独学で習得。70才とまだまだからだも元気でしたから、すべての身の回りのことも自分で片付けていました。

ところが、75才を過ぎた頃から急に老化が進みはじめます。

きっかけは前立腺肥大の手術でした。手術は無事に成功したものの、退院後も排尿に問題が残り、大人用紙パンツ着用をしなければいけなくなりました。介護認定も要支援1となりました。

元々外見には気を遣うタイプだった時田さんは、これが恥ずかしく、外出も次第におっくうになり、引きこもることも多くなっていきました。活発だった町内会との関わりも徐々に距離をおき、孤独に対する恐怖からか感情の起伏が激しくなっていきます。

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その後も老化は進行し、80才になった時には要介護2になりました。肺炎による長期の入院も経験しました。肺炎の程度が進んでしまって肺が真っ白になり、呼吸困難に陥ったからです。

なんとか一度は退院することができましたが、数ヶ月後には再発し、入院。病院での生活の長期化から筋力は激減し、退院して自宅に戻れたときは、かろうじて自立歩行が可能という状況になってしまったのです。

ここから本格的に介護が必要な生活が始まりました。

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