先月開催されたカンヌ国際映画祭で、脚本賞を含め4つの賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』が8月20日より公開中だ。

監督を努めたのは、昨年、『スパイの妻』(‘20)でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞(共同脚本)し、今年に入って『偶然と想像』(今秋公開予定)でベルリン国際映画祭銀熊賞した濱口竜介さん。村上春樹原作の本作に込めた思いについて聞いた。

『ドライブ・マイ・カー』
舞台俳優であり演出家の家福悠介(西島秀俊)は、かつて女優であり、その後脚本家に転身した愛する妻の音(霧島れいか)と幸福な日々を送っていた。ところが、音は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。2年後、広島での演劇祭に愛車で向かった家福は寡黙な専属ドライバーの渡利みさき(三浦透子)と出会う。妻との記憶が刻まれた車の中で、ドライバーのみさきとお互いの過去を明かすうちに、家福は目を背けて来たあることに向き合うようになる──。
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いまの時代、「弱さ」でしか男性を描けない

――村上春樹さんの作品は原作の『ドライブ・マイ・カー』が収められた短編集『女のいない男たち』(文春文庫)はもちろん、大ヒット作である『ノルウェイの森』(講談社文庫)にしても、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)にしても、主人公の男性が「女性に去られる」という設定がとても多いです。男性が女性の不在をきっかけに自分と向き合うということが村上春樹作品の本質だと感じます。

『ドライブ・マイ・カー』より

濱口:僕もその点は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。

濱口監督