2021.10.14
# 海 # 火山活動

地球から夏を消失させた巨大噴火…インドネシアに巨大火山が生まれる理由

日本との共通点と相違点は?
蒲生 俊敬 プロフィール

1815年、タンボラ火山

15世紀になると、西欧の大航海時代が幕を上げ、インドから東南アジア地域は、香辛料貿易などに魅せられた欧州列強による支配が強まっていきました。そして19世紀、オランダの植民地として近代化が図られつつあったインドネシアで、ふたたび破局的な火山噴火が立て続けに発生します。

1815年に起きたタンボラ火山と、1883年に起きたクラカタウ火山の噴火です。

タンボラ火山(図4–1a参照)は、ロンボク島の東隣、スンバワ島にあります。現在の標高は2851メートルの成層火山(富士山のように円錐形をした火山)です。しかし、噴火前の標高は約4300メートルと推定され、インドネシアを代表する高峰の一つでした。

タンボラ山の火口 Photo by iStock

1815年4月10日から12日にかけて起こった猛烈な噴火で山体の上部が吹き飛びました。また、山頂部は陥没し、直径約6キロメートル、深さ約600メートルに達する、巨大な円形のカルデラとなっています。

噴火による火砕流の直撃を受け、島民1万2000人のほとんどが犠牲になりました(生き残ったのは、わずか26名でした)。さらに、最大波高4メートルの津波が近接する他の島々を襲い、甚大な被害をもたらしました。その後の飢餓や疫病による死者も加えると、犠牲者は10万人を超えると推定されています。

たまたま近くにいたオランダの軍艦は、「空が真っ暗になり、それは昼になっても続き、空気中に細かい灰が充満していた」と報告しています。500キロメートル離れたマドゥラ島(図4–1a参照)では、火山灰のために3日間も真っ暗の状態が続いたといわれています。

噴煙は、最大高度43キロメートルの成層圏まで到達しました。サマラス火山のときと同じように、成層圏に大量の硫酸エアロゾルが残留して太陽光を遮蔽し、全世界に異常低温をもたらしました。

翌1816年は「夏のない年」となり、北ヨーロッパ、アメリカ北東部、カナダ東部などで、農作物が壊滅的な被害を受けています。食糧不足はさまざまな社会的動揺を招き、疫病(コレラ)や暴動が各地で頻発しました。

(次回、〈インド洋中に轟きわたった「世界最大の音」の正体〉(10月15日公開予定)へ続く)

インド洋を抜きにして、地球を語ることはできない!
大陸移動から気候変動、生命の起源まで──。
世界第3位の巨海から、この惑星のダイナミズムが見えてくる!

関連記事