2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ。杉山陽一さんがこのテロに巻き込まれて行方不明となったとき、妻の晴美さんのお腹には陽一さんとの新しい命が宿っていた。そして3歳と1歳のふたりのおにいちゃんもいた。それから20年、晴美さんはずっとお子さんたちと真正面から向き合っている。

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晴美さんが「決して911を忘れてはならない」と伝える連載「あの日から20年」、17回目の今回は、親の死やテロに対して、幼い子供たちにどのように伝えていく必要があるのか。改めて今晴美さんが思うことをお伝えいただく。

わたし自身の3歳のときのこと

子供たちにお父さんについて話したりするのですか? どういう風に話しているのですか? とは、帰国後すぐの頃からよく質問を受けた。そんな時いつも「ん? なんでこんな質問されるのかな? え? 亡くなった父親の話題はしないものなのかな?」と少し疑問に思ったものだ。

わたし自身3歳の時に父を亡くしている。夫と違い病気で逝ってしまったのだが、母は特段父の死について、隠すわけでもなく、かといって大げさに話すわけでもなく、いつも自然体でいてくれた。
正直、父について具体的にどんな話を、どんなシチュエーションでされたのか、細かなことはよく覚えていない。が、涙ながらに父との想い出話を聴かされたこともないし、家族を置いて先だったことへの恨み言を聴かされたことも一切ない。

亡くなってしまったという事実を静かに受け入れ、それを覆うことも、脚色することもせず、幼い私に真っすぐに伝えてくれていたのだと思う。背筋をしゃんと伸ばし前を見据えて歩く母は頼もしく、子供ながらに「母は私に嘘は言わない」と安心して信じることができた
お陰でわたしも自然に父の死を受け入れてきた気がする。周りのお父さんのいる家庭に遊びにいっても特段うらやむこともなく、父親のいない自分の家庭を卑下することもなく、私の家庭の形をごくごく自然に受け入れることができたのは、そんな母の姿勢のお陰なのだと思う。

晴美さんの母はテロのあとも、晴美さんの出産のときも助けるためにNYに来てくれた。写真は渡米直後、陽一さん、晴美さん、晴美さんの母親と家族でワールド・トレード・センターに訪れたときのもの 写真提供/杉山晴美

幼くても事実は事実として知っていてよいと思うし、案外子供には事実を素直に受け止める能力があるのではないか。
大人になると、あれこれ気にすることも増える。プライドのせいだろうか、見栄を張ったり、周囲と比べたり、子供に対しても自分のベクトルでものを考えがちだ。が、わたしは経験上、それは無意味なことだと知っていた。事実を正直に伝えればよい。素直な気持ちとともに、真っすぐに伝えればよい。

もちろん、子供に怖い想いをさせるような過激な表現や、トラウマに成りかねない、親の過剰な感情表現はすべきではないと思う。ただ、子供が疑問に思うこと……例えば、なんでうちにはお父さんが居ないの? どうして死んじゃったの? お母さん寂しい? などと聞かれれば、子供に伝わりやすい言葉と表現をもって、素直に正直にありのままを伝えてきた。だが、子供が特に気にしていないこと、その時興味や関心がないことに関しては、こちらの想いを押し付けるように話すことは避けてきた。