女子大生の日(1913年)

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東北大学に3人の女子学生が合格

1913年(大正2年)、東北大学が、初代総長であった澤柳政太郎が打ち出した「門戸開放」という理念のもと、全国に先駆けて女子に大学の門戸を開きました(当時の東北帝国大学)。同年8月21日、日本の大学で初めて女子学生3人の入学試験合格を発表したのです。

女子大生の日は、長らく8月16日とされてきたのですが、東北大学が、根拠となる日付が誤りであったとして、2020年(令和2年)に正しい日付を日本記念日協会に申請し、8月21日を「女子大生の日」として記念日登録しました。

最初の女子大生として入学したのは、黒田チカ(1884~1968年)、牧田らく(1888~1977年)、丹下ウメ(1873~1955年)の3人でした。当時の大学は男子学生のための学校であり、女性が大学に入学することはまったく考えられておらず、画期的なできごとでした。

黒田チカは、1902年に女子高等師範学校理科に入学し、卒業後も同校で研究した後、東北帝国大学化学科を受験し合格しました。天然色素の研究を始め、その後文部省外国留学生として2年間英国に学び、帰国後に東京女子高等師範学校教授となります。1929年に紅花の色素カーサミンの構造を決定し、その論文によって理学博士となりました。

牧田らくも東京女子高等師範学校理科に学んだ後に、東北帝国大学の数学科に進み、在学中に2本の論文を発表しました。その後、結婚して家庭に入ってからも数学の研究は続けたと言われています。家庭と研究を両立した女性のパイオニアでもあったのです。

丹下ウメは、尋常小学校の教師を務めたり、女性初の文部省中等化学教員検定試験に合格したりなど、さまざまに活躍した後、40歳で東北帝国大学に入学しました。卒業後48歳で渡米し、スタンフォード大学、コロンビア大学を経て、54歳のときにジョンズ・ホプキンス大学で、ステロール研究で博士号を取得しました。

帰国後も日本女子大学校、理化学研究所などで精力的に研究を行い、67歳のときに、ビタミンB2複合体の研究で東京帝国大学から農学博士の学位を受けます。82歳で死去するまで女性化学者として学究一筋の道を進みました。

そのような3人の女子大生を受け入れた東北大学は、初代総長の名にちなんで澤柳政太郎記念東北大学男女共同参画賞(通称:澤柳記念賞)を、大学における男女共同参画の先駆けとして各分野で活躍した個人、団体に贈る賞を2014年(平成26年)に設け、女子大生の日の前後に授賞式が行われています。

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