愛する家族を失った体験を、率直に伝えていくこと。それは、現実と向き合わなければできないことだ。
しかし、現実と向き合わなければ、そこから前に進んでいくことは難しい。ではどのようにすればいいか。その向き合い方は、人それぞれのやり方があることだろう。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロで夫の杉山陽一さんが犠牲となってしまった妻の晴美さんは、常に真正面から向き合っていた。そして、現状報告については、心配してくれる友人知人たちに伝えていった。
言葉にすることで、自分の気持ちも整えていったのだ。

その集大成となったのが手記『天に昇った命、地に舞い降りた命』の出版だった。
911から20年の今年、「あの日を忘れてはならない」と晴美さんが20年を伝えていく連載「あの日から20年」、15回までは当日から2002年9月11日までのことをこの手記からの再編集でお届けした。

晴美さんの書きおろしでその後19年のことを伝えていく16回、「なぜ書いたか」ということをお伝えした前編に続き、その手記がドラマ化された時のことや、ママ友たちからの助けについてお届けする。

-AD-

手記の出版の後に

手記の出版後、我々家族はどのような生活をおくってきたのか。2002年に本を出版したことで、好奇の目にさらされてきたのではないか?そのようなご心配をくださる方もおいでだろう。もしかしたら一部そんな目があったのかもしれない。しかし実際は私は気になったことはないし、子供たちも怖い目にあったりいじめにあったこともない。

元気な3兄弟! 写真提供/杉山晴美

ようは気にしないことだと思う。たとえ一瞬好奇の目を向ける人がいたとしても、取り合わなければその人もすぐに飽きてしまう。自意識過剰になる必要はない。世界的な事件の被害者家族ではあるが、特別な何かをもっているわけではない、平々凡々なただのお母さんと子供たちである。出版した手記の「はじめに」でも書かせていただいたのだが、世界中のニュースにでるような事件に巻き込まれたことは特殊であっても、味わった苦しみは特別なものではないと私は思っていた。近しい人との死別は誰にでも訪れる。子育てだってそうだ。一人親の家族だけがしんどいわけでもない。みんな悩み苦労しながら子供を産み育てている。私もその中の一人、そういうスタンスで過ごしてきた。

私は前編で書いたように、事件のことや、自身の考えや抱えている想いを随時発信してきた。これは私にとっても必要な「作業」だった。このような事件は二度と起きてほしくない。では、起きないようにするために、起こさせないようにするために私たちは何を考えどう生きていけばよいのか。そんなことを一人一人が考えるきっかけになれば嬉しい…そんな思いもあった。

テロ事件の悲惨さ、無意味さ、それを一市民である私が伝えることで、テロは遠い国の出来事ではないと感じ取っていただけるのではないか。

テロとは、戦場の兵士でもなんでもない、どこにでもいるサラリーマン家族が巻き込まれてしまう可能性があるもので、けして他人事ではない、だからこそ皆でテロのない世界をどうやって実現していけばよいのかを考えていかねばならないのだ、とお伝えしたかった。

子供を育てるおかあさんや、これからの未来を担う子供たちだって、いやそんな人たちにこそ、自分たちが生きていく世界について考えてほしい。