日本は今も楽観論に支配されている Photo/gettyimages
# 組織論

真珠湾攻撃80年の真相…日本政府と日本軍が「必ず負ける戦争」に突き進んだ本当のワケ

約100年ぶりの世界的パンデミックに対峙した日本政府が露わにしたのは、政策をはっきり定められないトップの曖昧な姿そのものだった。それは、空気に流されるように日米開戦を決めた80年前の為政者の姿と重なる。

いま話題の、現代史家の大木毅氏が上梓した『「太平洋の巨鷲」山本五十六』では、当時の山本五十六が情勢変化を見抜きながら、彼自身も官僚組織の一員としてビジョンなきリーダー(政治)に翻弄されていく姿が描かれている。前編(『日米開戦80年の真実…山本五十六が「日本必敗論」のウラで「真珠湾攻撃」に踏み切った本当のワケ』)に続き、80年前からいまも続く「日本型組織の問題」を大木氏に聞いた。

1935年「ロンドン海軍軍縮会議」に出席した山本五十六(右) Photo/gettyimages
 

日米開戦前の「楽観論」

ーーお話をうかがうと山本五十六の先見性や才能には惚れ惚れします。しかし、そんな山本五十六も国という大きな組織では、やはり組織人として生きざるを得なかった。国と企業という次元の違う話をして恐縮ですが、日本型の組織には共通した負の構造があるように思います。拙著『保身 積水ハウスクーデターの深層』では、地面師に巨額の資金を騙し取られその責任を問われた社長が、カリスマ会長をクーデターで放逐し、さらに優秀で誠実な幹部や営業マンたちが次々にパージされていく様を描いています。取材で見えてきたのは、小物たちが保身をあらわにしながら地位を守ろうとする日本のサラリーマン組織の頽落でした。山本も国家のリーダーに翻弄された一人といえるのでしょうか。

ここからは非歴史的な議論になるかもしれませんが、やはり昭和以降の日本の特徴は、政治にリーダーシップがなく、またビジョンもない状態が、今日まで繰り返されていることだと思います。これがあらゆる「敗戦」を招いていると思えてなりません。

日中戦争でも、国のリーダーには、その前提となる戦略が緻密さを欠いていたし、いかにして戦争を終結させるかという構想すらありませんでした。これが日中戦争を泥沼化させ、無謀な対米戦争に向かう大きな要因になるのですが、そもそも戦略がないから、作戦や戦術面から見てもあちこちで齟齬が生まれました。

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