公開レイプ、中世のような拷問部屋…ウイグルの強制収容所を逃れたあるカザフ人女性の証言

あるカザフ人女性の証言

長いあいだ書こうと思って、どうしても書けなかった。草思社から出ている『重要証人: ウイグルの強制収容所を逃れて』という本についてだ。

なぜ、書けなかったかというと、ちゃんと読めなかったからで、正直にいうと、今でも完璧には読んでいない。あまりにも残酷そうなところに差し掛かると、自己防衛本能が働き、「ここは読むな」と警告を発する。それだけで、私は怖くて震えそうになる。何度かトライしたが、警告はいつも同じところで来た。

同書は、サイラグル・サウトバイというカザフ人女性の話を、ドイツ人ジャーナリストのアレクサンドラ・カヴェーリウス氏がまとめたものだ。1976年、サウトバイ氏は東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)で生まれた。ここには、カザフ、ウイグルなど多くの民族がいる。彼らはイスラム教徒だ。

サウトバイ氏はいわゆるエリートで、イリ自治区の大学を主席で卒業し、97年からは医師として働いた。イリの人口構成は90%がカザフ人だが、すでに中国の侵略は進んでおり、医師の80%は中国人。大学では研究や解剖用に、出所不明の健康な臓器がふんだんに提供されていたという。

その後、彼女は母親の看病のため医師をやめ、地元に帰って教員の研修を受けた。公職に就くには入党が必要となり、2001年、共産党員となった。2004年、やはり教員であったカザフ人の男性と結婚し、2005年に娘が生まれた頃は、彼女はまだ将来に対する希望を全て失っていたわけではなかった。

Gettyimages

2006年、学校で使用する言葉が、カザフ人にとっては外国語である中国語となった。教師の8割が中国人となり、カザフ人は職を失った。紆余曲折は省略するが、2009年には長男も生まれた。そしてその頃、党では自己批判制度が導入され、職場で全員が、自分の過ちを中国語で記すことが義務となった。

2009年、ウイグル人少女のレイプをきっかけに、ウルムチで大規模なデモが起きたが、中国人兵士がウイグル人の服を着て中国人を攻撃し、その報復と称してウイグル人とカザフ人が大量に虐殺されたという。

 

2014年には強制収容所の建設も始まった。しかし、その頃にはすでに、習近平国家主席のポスターがあらゆるところに飾られ、カザフ人やウイグル人は生活の糧を失い、ウイグル自治区(東トルキスタン)全域が次第に刑務所のようになっていった。

そのうち公務員のパスポートが取り上げられ、外国には出られなくなった。サウトバイ氏の夫は退職していたため、パスポートがあった。そこで彼らは大きな決断をする。夫と子供達だけでも、まずここを脱出するべきだと。

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