質の高い「良いニュース」とは何か? これからのニュースが備えるべき「5つの要素」

情報が氾濫する世界の中で
石戸 諭 プロフィール

他方、僕の古巣である新聞を含むオールドメディアに属する人々は、自分たちは「オワコン」になってしまったとすっかり自信を失っています。ネガティブな思考から生まれるものに読者や視聴者がつくことはありません。さらにいえば、未来を担うような若い世代を惹きつける要素もない。

しかし、本当に未来はないのでしょうか。

ネガティブな人たちは往々にして、会社のスケールの問題とニュースのクオリティの問題を混同しています。たしかに会社の規模はかつてほど大きくはならないですし、人数も減っていくでしょう。ですが、それはインターネットが発展し、スマートフォンまで登場した今となっては当たり前のことです。

〔PHOTO〕iStock
 

業界全体は小さくなります。それはニュースの担い手が不要であることを意味してはいません。いつの時代であっても、ニュースの仕事は誰かが担ってきました。それも一定のクオリティを保ちながら。

現実を悲観する、あるいは誰かを悪として批判したり、嘆いたりすることで変われば楽なのですが、そんな都合の良いことは起きません。

『ニュースの未来』で書いたテーマをシンプルにまとめるのならば、未来を切り開くのはやはり——僕自身もそうありたいと思っていますが——クオリティの高い「良いニュース」を発信する人たちであるということです。

先日、PEPジャーナリズム大賞をいただいたとき、授賞式で「川を渡る」というテーマで簡単なスピーチをしました。概要はこうです。大賞受賞作「自粛警察の正体—小市民が弾圧者に変わるとき」(文藝春秋掲載)も含めて、僕には密かに「川を渡る」と名付けている仕事があります。

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