ワルの元外交官が読み解く「タリバンのアフガニスタン」案外な今後

次に骨を埋める大国は中国か

8月15日、奇しくも日本での終戦記念日に、アフガニスタンではタリバンが権力を掌握した。必死に逃げようとするアフガニスタン市民が米軍の輸送機の車輪にしがみつき、離陸後1000メートルもの上空から落ちていく映像は残酷で、衝撃的だった。

20年間の米国支配は何だったのか? なぜ、これほど簡単にタリバンなる勢力は権力を取り戻せたのか? これで世界にはまた、アルカイダのテロがはびこるのだろうか?

アフガニスタンからの避難民 by Gettyimages

「戦国時代」にあるアフガニスタン

筆者はかつてウズベキスタンに2年勤務して、隣国アフガニスタンの「感じ」を知っている。

アフガニスタンは、近代的な意味での「国」ではない。中世欧州、あるいは戦国時代の日本にも似た、諸勢力分立の地だ。北はウズベク、タジク、トルクメンなど、中央アジアの諸族、南部はペルシャ系のパシュトン族が分立し、中央部にはモンゴル来襲の置き土産と言われるハザール族が集住している。

だが彼らも別にまとまっているわけでもなく、地方の村落部はそれぞれが日本中世の「惣村」のように、村長を頭に自分のことは自分たちで決めている。

弱体な中央政府に座る者には、これを「統治」する力はない。権力を利用して私利をはかることが生きがいになるので、外国がいくら援助をしても、「国造り」とは誰のことか、と心の中でうそぶくばかり。

と言っても、この地域は未開ではない。西部の平野は数次にわたるペルシャの王朝の重要な一部で、沃野の農業、そして貴石ラピスラズリや「染付」陶磁器の釉に使われるコバルトの産地。カブールにも近いアイナックには、世界有数の埋蔵量と言われる銅鉱床が開発を待っている。

 

モンゴルが破壊したと言われる灌漑インフラを復活し、(ケシではなく)漢方薬原料や桑の木のような付加価値の高い農業をすれば、かなりの生活ができる土地なのだ。2019年殺された中村哲氏は、そういう思いで灌漑施設の建設に取り組んでいたのだろう。

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