# 医療 # 緩和ケア # 立ち読み

安楽死に賛成する前に知ってほしい「あの時死ななくて良かった」の声

死を唯一の選択肢にしてはならない
大津 秀一 プロフィール

難病と緩和ケア

前述の安楽死の違法性阻却事由の4要件のうちの一つ「肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がない」は大変重要と考えます。

そして苦痛緩和の観点からは、肉体的苦痛にとどまらない精神的苦痛緩和や存在のゆらぎに対する苦悩へのケアも提供される必要があります。安楽死や死ぬ権利に関しては「議論を」という声がよく出てきます。一方で、気がかりなことは、様々な「病気の進行期や終末期はあまりに悲惨で、なぜ安楽死が認められないのか」などという論調も見かけることです。

また安楽死という言葉はよく知られている一方で、患者の苦しみを和らげる緩和ケアという手段があり、全ての病者が耐え難い苦しみの中で最期の時間を過ごしているわけではないことは、よく知られているとは言い難い状況です。

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指摘されているように、心身の苦痛を和らげる支援が不十分だったために死を望むようになった方が、もしそれが十分だったならば死の希求一辺倒にならなかった可能性が考えられます。

ただしこれは、支援によって全ての患者さんが救われるということを言っているのではなく、安楽死などの議論を深めることが不必要だと言っているわけでもなく、「苦痛をできるだけ少なくして、より良く生きるためのケアが不十分ではいけないでしょう?」ということです。

それが不十分ならば、本来は生きて、その時間に望むことをもっと行うことができた、そしてそれが本来の希望であった方が、本来の希望とは異なる死を選ばざるを得ない状況になってしまうこともありうるだろう、ということです。私は、ALSの緩和ケアに意欲的な神経内科を持つ病院で働いていたため、様々なケースで緩和ケア医である私に介入依頼が来ました。

ALSの患者さんも息苦しさや痛み、心理的なつらさなど様々な苦痛を経験し得ます。もちろん患者さんの苦悩を全て取り去ることはできませんが、緩和ケアの介入による薬の調整や訴えを聴くことで、だいぶ楽になった、生きやすくなったと言われることもありました。

現在、国の医療費の問題もあると考えられますが、病院の緩和ケアチームが関わって診療報酬が発生するのは、がんとAIDS、末期心不全のみです。本来は病気を問わず緩和ケアが必要ですし、世界的にはほとんどの慢性病が対象に含まれると捉えられています。私は、ALSなどの神経難病にも緩和ケアチームの診療報酬が認められてほしいと考えます。

診療報酬が発生することで、緩和ケアチームは当該の疾病の患者さんにより関わりやすくなります。それがなければ病院としてはボランティアとなるからです。そして報酬が発生することにより、当該領域の緩和ケアがより発展すれば、各々の患者さんにとってメリットになるでしょう。

数々の心身の問題が発生し、次第に機能低下が生じるという病気の特性による大きなストレスや、治療を選ぶ・選ばないという生死に関わる問題における意思決定の支援など、緩和ケアが支えられる側面はきっとあるはずで、それが神経難病の患者の生活の質の向上に寄与すると考えられます。

私の20年あまりの臨床経験の中でも、とりわけ強く安楽死を所望された患者さんが少数おられますが、それらの患者さんが、がんではなく神経難病であったことも強い印象として残っています。

安楽死や死ぬ権利が度々話題になる一方で深まらない議論がより進展することを期待しつつ、生活の質をできるだけ上げることの重要性や、そのサポートの名称―緩和ケア―も知られてほしいと願います。そして、しばしば生活の質の低下から苦痛・苦悩が強い状況に陥るALSなど神経難病に関しても、緩和ケアの医療保険の適用がなされてほしいと願うものです。

なお私がこの話題をYahoo!ニュースに寄稿したのは2020年7月24日でしたが、2日後の7月26日に日本緩和医療学会も「わが国においては、緩和ケアはがん医療を中心に発展してきましたが、がん以外の疾患に対する緩和ケアが広く実施され、その質の向上を図ることができるように、日本緩和医療学会として最大限の努力をしていく所存です」と声明文を出しています。

誰もが緩和ケアを受けられる当たり前の社会を目指したいものです。そうすれば、全てとは言いませんが、諦めなくて良い生命を早期に断念する方も減るはずです。

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