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安楽死に賛成する前に知ってほしい「あの時死ななくて良かった」の声

死を唯一の選択肢にしてはならない
大津 秀一 プロフィール

日本で2019年に起こった”安楽死”関連事件

2019年に、日本で安楽死事件が起こりました。のちに嘱託殺人事件として報じられている、神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う京都府の50代女性の依頼により、医師2名が薬物投与を行い、女性はその日(2019年11月30日)に死亡したという事件です。

女性の罹患期間は長く、2011年頃に同疾病を発症し、死亡する直前は発語や手足を動かすことができない状態だったとされます。一方でALSという病気は主として運動神経を中心に障害されることから、この女性の意識ははっきりしており、メールなどで情報発信でき、また訪問介護を利用し一日24時間、ヘルパーから生活全般のケアを受けながら一人で暮らしていたとのことです。

このような事案が起きると、インターネット上では「患者が苦しいのだから、それに従ってやって何が悪い」「安楽死を早く日本に導入せよ」とネット世論が盛り上がります。もちろん、死が頭から離れないほど苦しんでいた可能性もある一方で、やりようによっては死を希求しなくても済んだ可能性はあります。これは外部からは容易に判断できないものです。

私は、がんや他の病気を持っていて、うつ病になった患者さんも多数診てきました。うつ病の患者さんは死なせてほしいと言うことがあります。重い病気を持っているとなおのこと、死を願う患者さんの気持ちを理解できることがあります。

しかし医師が相談にのることなどによって、一度うつ病の治療を行うと、訴えががらりと変わることはしばしばありました。うつ病から回復すると、「あのとき死ななくてよかった」と皆さん異口同音に仰いました。

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そうなのです。つまり安楽死が認められている国で、ちゃんとした手続きを踏まずに、例えばうつ病などが疑われる場合に、それを治療することもなく、「合理的な判断だ」と捉えてそれを行えば、先述したような「あのとき死ななくてよかった」という方たちの命を奪うことになるのです。

そのため、このような判断は慎重に慎重を期すべきなのです。有名な1991年の東海大学安楽死事件で示された、違法性阻却事由の4要件である、

1.患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいる
2.死が避けられず、死期が迫っている
3.肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、ほかに代替手段がない
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示がある

に照らしても、2019年の事件に関して流れてきた情報では、2と3に合致するか不明確なところがありました。のちの情報では2は否定的であることがわかっています。したがって京都府警は「安楽死とは考えていない」としています。日本では安楽死は認められていません。

違法性阻却事由も満たしていなければ、さらに正当な行為として認められるのは難しいでしょう。その後、起訴された医師2人の特異的なプロフィールや来歴などにより、個人の資質の問題に矮小化してしまったのは―本当にこういうことはよくありますが―残念でした。

一方で、本件は日本における他の類する事件と違って、これまでにない特徴もあったのは事実です。それを挙げるならば、

・実行者が担当医ではない
・死が目前ではない患者
・赴いて致死的薬物を投与
・医師2人で行っている(1人の判断ではないと示す意図もあったのか)

患者と医師を結びつけたのはSNSであり、それもまた新しいものであったと考えられます。

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