お父さんが、世界でも大きなニュースになったテロで亡くなってしまった――そんな事実を、子供はどのように受け止めるのだろう。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロで犠牲となってしまった杉山陽一さんには、当時3歳と1歳の男の子がいた。陽一さんの妻・晴美さんは、カウンセラーの先生と相談し、悩んだ末、テロで行方不明になって約2ヵ月後の夜、当時3歳の太一くんに、陽一さんがもう帰ってこないであろうこと、お星様になって見守ってくれているはずだということを伝えた。

「噓だよ。ぶーちゃは今逃げているんだよ。だからもうすぐ帰ってくるよ!」

そう飛び起きた太一くんに、晴美さんは涙ながらに説明をした。そして一緒に涙を流しながら、太一くんは「理解」をしたのだった。

陽一さんのことを「ぶーちゃ」と呼んでいた太一くん。晴美さんの真剣な言葉を、しっかり聞いていたという 写真提供/杉山晴美

それから10ヵ月。日本に帰国してひと月経ち、911から1年が経とうとしたとき、太一くんが通う日本の幼稚園で、アメリカ同時多発テロの被害者の方のために祈るということを晴美さんは先生から聞かされる。「理解をした」とはいえ、まだ4歳の太一くんは、大丈夫なのだろうか……。
幼稚園の先生から「お祈りをする」ことを聞いた前編につづき、後編では1年後のその日のことをお伝えする。

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お父さん、テロで死んじゃったの?

お迎えに行っても、子供たちはしばらく幼稚園を去ろうとはしない。しばらく園庭の遊具で遊ぶのである。今日も太一と力斗は、すぐさま庭の奥にある、ジャングルジムと雲梯と滑り台が合体したような大型の遊具に飛びついていった。そこをくぐって歩いている太一に、ひとりの男の子が声をかけた。

「太一くんってさ、お父さん死んじゃったの? テロで? ほんとに?」

(写真はイメージです)Photo by iStock

わたしはドキッとした。太一は、うつむきながらも「うん」とだけ答えた。
わたしが太一に声をかけようとした時、今度は別の男の子がまた太一に言った。
「太一くん、お父さん死んじゃったの? テロで? 悲しかった? ねえ、悲しかった?」

今度は、太一はなにも答えなかった。わたしはすかさず口をはさんでしまった。

「そうなんだ。太一くんね、お父さん死んじゃったの。でもね、悲しいけど、太一くんには弟がふたりもいるから、寂しくないんだよ」
男の子たちは、
「ふーん。そうなんだ」
と、それなりに納得したらしく、それ以上は何も言わなかった。さしたる悪意はなかったのだろう。子供らしい、素朴な疑問だったのだと思う。

しかし、やはり太一のことが心配だった。わたしが、安易に「太一はだいじょうぶ」と言ってしまったがために、彼の小さな心を傷つけてしまっていたら。そう思うと、いてもたってもいられない気分だった。