忌まわしい一日を、子供たちの元気で塗り替える

「ほんと? やった! 僕ね。抹茶。抹茶アイス。うーん、でもどうしよう。ピンク色のにしよっかな。迷っちゃうな!」
太一は、大喜びだった。隣で、わけもわからず力斗も喜んでいる。
「アイス、アイス。リキも、リキも食べる!」
まずは、ほっとした。

「よかったね。これはさ、ぶーちゃとおかあさんからのご褒美だよ。ぶーちゃも、ぴんちゃん、えらいなーってきっと思ってると思うから。お祈りしてくれてありがとうって思ってるから」

アイスクリーム屋さんの中にある、丸いテーブルを家族四人で囲んだ。太一も力斗もパクパクと美味しそうにアイスクリームをほおばる。

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なんだかとても幸せだった。あの惨事から1年。まだまだ、悲しみや、悔しさや、多くの疑問や、そんなものに心が押しつぶされそうになる時もあるけれど、それでも今この瞬間の平和に、深く感謝したいと思った。

いつも通りの日を日本で送りたい。そう思ったのは、こんな時間が欲しかったから。現場に行かずとも目を瞑れば、あの日のことはすぐにでも思い出す。忘れることなどはできない。それを乗り越え、あの日奪われた日々の幸せを取り戻し、今度こそ絶対離すまい。

9月11日、忌まわしいイメージにつきまとわれがちなこの日を、嬉しそうにアイスクリームを食べる子供たちの微笑ましい姿で、バラ色に塗り替える。これこそが、無力ではあるが、一市民であるわたしたち家族のテロへの抵抗。テロなんかにつぶされてたまるかという、小さいながらも精一杯のアピール。

そして、嬉しそうな子供たちの顔、元気に健やかに育つ顔こそが、夫の魂を鎮められるのではないか。小さな幸せの姿を積んでいく。わたしなりの夫の命日の過ごし方なのだ。

4歳、2歳、0歳の子供たちが、元気に健やかに育つこと。それがなによりの陽一さんへの供養になる 写真提供/杉山晴美

この後、普段通りにスーパーで夕食の材料を買い、夕方には3人の子供たちを次々にお風呂に入れ、喧騒の中で夕食を食べた。3人の男の子たちと格闘し、夜にはくたくたに疲れきってしまっていた。

日本時間では夜の10時すぎ。まさにジャスト1年。ニューヨークでは、被害者1名1名の名が読み上げられることになっている。さあ、子供たちを寝かしつけて……。そう、思って9時ごろに一緒に布団に入った。なんと、わたしは子供たちと一緒に、まさに1年のその時、熟睡してしまった。本当に、本当に普段通りの生活を送ってしまったのだ。

翌朝、再びニューヨークの様子をテレビの画面で見ながら、さすがに反省した。寝てしまったとは、とんでもない。みなさんごめんなさい。多くの魂にご冥福を祈れなかったことが悔やまれた。けれど、1日たりとも失われた命のことは忘れたことはない。やはり、3人の子育てを一生懸命しながら、わたしのできる範囲で、これからも祈り続けることしかできないのだ。これもまた、わたしのおかれた現実なのである。

悲しい事件。辛い体験。すべてを失ってしまったかのような喪失感。それでも実在する自分の生活。1年経って、改めて今ある自分の生活の重みを実感し、それを大切にこれからも、一歩一歩、しっかりと歩いていこう。

【次回からは晴美さんが「今」を書き下ろしてお届けします。8月22日(土)公開予定です】

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
【#9 後編】「「犠牲者」の夫だったら何と言う?911後のアフガン戦争を子供たちにどう伝えるか
【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
【#11 後編】「みんなの想いが名前に…アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明の中での出産に思うこと
【#12 前編】「911テロで夫が行方不明のまま出産…直後に「夫の遺体」が確認された日のこと
【#12 後編】「4歳2歳0歳の子たちと迎えた「夫の葬儀」…911から7ヵ月、妻の覚悟
【#13 前編】「観戦予定だった…911で犠牲になった夫の「2002サッカーW杯チケット」
【#13 後編】「アメリカ同時多発テロ「夫の葬儀」を終え…4歳2歳0歳と行った「帰国の準備」
【#14 前編】「「ぶーちゃ、また来るからね」アメリカ同時多発テロ・3人の子と来た夫のいる「現場」
【#14 後編】「4歳2歳0歳連れて帰国…911テロで犠牲になった夫の誕生日に妻が思ったこと
【#15 前編】「9月11日から1年…日本に帰国した「アメリカ同時多発テロ遺族」の私がやったこと
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