38歳のときに不妊治療を始めた

2002年、「どうでもいいですよ~」の独特のキャラクターでR1初代王者に輝き、女芸人の先駆者として颯爽と芸能界に登場しただいたひかるさん。そんな彼女が、不妊治療、乳がん治療を経て、46歳にして、待望の妊娠を発表し、大きな話題となった。人生の様々なステージに直面されてきただいたさんに、待望の第一子妊娠までの道のりについて、話を聞いた。

「2013年、結婚して1年経たないうちに不妊治療をはじめました。私の場合、子どもができなくてクリニックに行ったわけではありません。結婚当時すでに38歳で、またその頃、卵子の老化の問題が大きな話題となっていました。子どもを急いでいるわけではなかったのですが、卵子の状況を知りたいという思いでスタートしました。

写真/本人提供

最初はタイミング法からスタートしたところ、すぐに陽性となりました。簡単にできる、と思っていたのもつかの間、妊娠には至らない化学流産を2~3回立て続けに起こしたのです。それで、これは急いだほうがいいという話になり、すぐに人工授精にステップアップしました。人工授精は8回くらい行いました。タイミング法で陽性反応がでるところまでいっていたので、いけるかなと思ったのですが、人工授精はかすりもしませんでしたね。

そこで、あ~、私の身体にはもう卵子の貯金が残っていないんだって思い知ることになりました。私、性教育にも問題があると思うんです。日本の性教育は、子どもをいかにつくらないか、妊娠を防ぐか、という教育がほとんどで、子どもをつくることに関しては、まったく教えてくれないですよね。成人式のときに記念品として、正しいセックスの方法や卵子の老化についての冊子でも贈ればいいのにって思います」
 
日本の性教育に警鐘を鳴らすだいたさん。不妊治療を進めるにあたって、周囲の理解も必要だと指摘する。

「クリニックに行く決断をしたのは、2歳年上の私のほうからでした。旦那さんも理解があったので、私の決断を優先してくれましたし、すごく支えてくれました。それはいまでも変わりません。結果がだめで落ち込んでいるときには、プレゼント買ってきて、また頑張ろうよって言ってくれたりしましたね。

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当初、不妊治療を始めたときは40歳までを目標にしていましたが、体外受精に切り替えてからは43歳を目標とすることに。彼は、そのときに子どもができていなければ、2人で生きていくのもいいんじゃないかって。そういうふうにセーフティーネットを用意してくれていたのも、ありがたかったです」