映画『はりぼて』監督・五百旗頭幸男「歪んだ民主主義の行き着く先は…」

自壊するメディア(2)五百旗頭幸男
いま一番肝の据わった記者・望月衣塑子氏と、最注目の映像作家・五百旗頭幸男がコロナ無策、五輪断行、民意無視で暴走する政治権力に対し、監視機能を果たせない巨大メディアの腐食を撃ち、再生への途を熱く語ったα新書『自壊するメディア』が8月20日発売。
注目の新書から、五百旗頭幸男氏の『私的ドキュメンタリー論』の一部をご紹介。

笑えなくなるコメディ

私は『沈黙の山』の2年前の2016年には、富山市議会の政務活動費不正問題を追うドキュメンタリー番組『はりぼて』をつくりました。

『はりぼて』映画公式サイトより

ここからはじまるチューリップテレビの一連の報道などによって、市議40人のうち14人がドミノ辞職したんですが、いざ騒ぎが収まってみると、新人ばかりの議会は活力を無くし、市民の議会監視も熱を失っていきました。そして結局のところ、かつてと変わらない利益誘導政治が復活してしまった。辞職ドミノ後、議会改革も行われましたが、むしろ議員の質は悪化してしまうんです。二元代表制として市長との間に緊張関係が必要なのに、市長が若い議員を舐め、議会の牽制能力が落ちてしまった。市民からすると、不正を糺すことは全体の利益になるはずなんですけど、どうしても道路、公民館建設という利益誘導型の地域エゴが優先されることになります。そして議員は結局、地域の御用聞きになってしまう。

 

不正を追及して浄化したはずが、変わらない政治、変わらない市民、そして無力だったかもしれない自分たちメディア、それらを「はりぼてではないか」と見つめたすえに、2020年、映画版『はりぼて』がつくられることになるんです。

映画『はりぼて』については硬派なドキュメンタリーをイメージする人が多いかもしれませんが、じつはコメディーとしてつくった作品なんです。笑いが7割、シリアス3割。老若男女問わず映画の世界観に入り込めるよう、エンターテインメントの要素を意識的に盛り込みました。言うなれば、調査報道とエンタメの融合です。日本のテレビドキュメンタリーからするとナンセンスな構成かもしれませんが、記者と権力側のやりとりが純粋に面白かったのでそうしました。記者会見とぶら下がり取材が主な舞台なんですが、官邸記者クラブとは違い台本や予定調和が入り込めない、常にガチンコの現場でした。

すっとぼけてみたり、すごんでみたり、妙に優しくなってみたり。議員たちは記者の追及をのらりくらりかわそうとします。時に、年齢が親子ほど離れた議員と記者が対峙するんですが、忍法七変化を繰り出すようなセンセイたちに対し、記者は淡々と質問を重ね、詰めていきます。強情なセンセイは気づいたら忍法など捨てて、自分の子どもが相手だったら恥ずかしくて言えないような抗弁まで使って、言い逃れを図ります。その攻防をカメラがじっと見つめているので、残酷なまでに本質が映し出されるんです。まさに『はりぼて』です。

コメディー映画にしたのには理由があって、オーソドックスなドキュメンタリーとして描くよりも、笑いを軸に描いたほうが、笑っていた観客が最後に笑えなくなることで、僕らが持つ危機感や状況の深刻さがより伝わると考えたからなんです。硬派なドキュメンタリーを想像していた人たちに、予想通りの硬い映画を見せても響かないものが、予想外のコメディーを見せることで、心を大きく揺さぶり、心の奥深くまで刺激することを狙いました。

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