ある韓国人の告白 photo/iStock

韓国人の私が、東京五輪で「“韓国人であること”は恥ずかしい」と強烈に感じたワケ

「韓国人である」ということを恥ずかしく思った

東京五輪を見ていて、韓国人だということを恥ずかしく思う場面が何度もあった。

「地球村祭り」とも言われる東京五輪が、パラリンピックの日程も終えてすべて閉幕した。2020年に開かれるはずだったが、新型コロナウイルスの影響で1年間延期され、今年7月に開幕した。

五輪は私にとって特別なイベントだった。ただし前回までは、だ。

垂れ幕騒動が起きた選手村 photo/gettyimages
 

これまでは友達同士が集まって観戦したし、韓国選手の競技結果を心待ちにした。

しかし、今回の東京五輪は、韓国人ということが恥ずかしくなることがたびたびあった。

特に韓国と日本が対決する競技で、インターネットコミュニティに掲載された日本非難は、オリンピックより文在寅政権の反日扇動に熱狂していたように映った。

五輪の核心は「友情(friendship)」「尊敬(respect)」「卓越(excellent)」だ。

人種や宗教、理念を離れ、全世界のアスリートたちが集まって、公正なスポーツ競争で和合し、一つになって楽しむ祝祭だ。

それにもかかわらず、韓国メディアは連日のように東京五輪に対する不平と不満を表出する刺激的な内容の記事を掲載した。まるで、文在寅政権が掲げてきた「反日」が五輪でも醜態を見せたようだった。

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