日韓W杯でのオリバー・カーンの涙

では、スポーツマンシップの専門家は、敗者が流す涙をどう解釈しているのだろう。
日本スポーツマンシップ協会副会長で岐阜協立大学経営学部教授の高橋正紀さんは「試合に負けて涙を流すことは、それを見る人にも、泣いた本人にもカタルシス(浄化)を与える」と言う。

負けた様子は、見る人にも、自身にとっても、悲劇に映る。
「かわいそうに。あんなに頑張ったのに」
「なんて俺は、かわいそうなんだ」
そんな憐れみの感情が沸き上がる。
すると、それらの感情はあっという間に浄化されてしまう。見ているほうも泣いた本人も、気分がスッキリする。スッキリして「負けた自分たち」を忘れてしまいがちだ。

「無論、悔しくて熱いものが込み上げてくるのが人として自然な感情です。私は負けて泣くことを否定するわけではありません」

「スポーツマンのこころ」と銘打つ講義で、これまでに6万数千人に一流アスリートになるための心得を伝えてきた高橋さんが、最も印象に残っている涙は、2002年日韓ワールドカップ決勝ドイツ対ブラジル戦終了直後のオリバー・カーンだという。

「ゴールポストにもたれて座りこみ、目にはうっすら涙がにじんでいたようでした。ポストにもたれたまま静かにひとりで、歓喜に沸くブラジル代表の選手たちを見つめていました」

2002年ワールドカップ決勝戦。ドイツはブラジルに0-2で敗れた。名GKオリバー・カーン選手が…Photo by Getty Images

この記事を読まれているみなさんは、例えば東京2020で誰の涙が印象に残っただろうか。私は、世界ランキング2位の伊藤美誠(20)が、シングルスで日本女子初のメダルとなる銅メダルを獲得した直後の涙が感慨深かった。
試合後のインタビューで、マスクの上にのぞく目に涙をためていた。「勝ったことはうれしいですけど、正直、悔しい気持ちの方が大きいかなと思います」と語り、その涙は悔し涙かと問われ「はい、悔し涙です」と答えた。感情をほとばしらせるのではなく、どこか淡々とした彼女の潔さが、清々しかった。

混合ダブルスで金メダルをとった時も、団体で銀メダルをとったときも晴れやかな顔で表彰台に立っていた伊藤美誠選手。シングルス銅メダルも本当に素晴らしい結果だが、表情は全く異なっていた Photo by Getty Images

カーンのように勝者の姿をしっかり目に焼き付ける。そういったことはアスリートに必要だろう。じわじわでもいい。負けたことを受け入れることは弱い自分を受容し、明日から強くなるための糧になる。敗戦は、どこが弱いのか、相手に及ばなかったのかを考える絶好の機会。成長するための大きなチャンスだ。

流す涙にも意味がある。
スポーツが人を成長させるツールであることを、トップアスリートや子どもたちの涙が教えてくれる。

島沢優子さん連載「子育てアップデート~子どもを伸ばす親の条件」今までの連載はこちら