ワシントンで感じた「現実の戦争」

運良く採用され、帰国を延長して8ヵ月間ワシントンで過ごすなかで、私は戦時国家がどのように変貌するのかを身をもって体験することになりました。支局でインターンをしながらテレビや新聞、インターネットを通してアメリカのメディア各社の報道を追いかけていると、だんだん恐怖心が募ってくるのです。日本ではあれは「ブッシュの戦争」だったという見方が強いかもしれませんが、当時のアメリカには、戦争に突き進んでいく「空気」がありました。9・11の再来を恐れて、冷静さを失っていったのだろうと思います。

2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ。主犯とされるオサマ・ビンラディンを殺害するため、アフガンの空爆が始まり、イラク戦争に突入していった Photo by Getty Images
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9・11ではニューヨークの世界貿易センタービルだけでなく、ホワイトハウスから車で約10分のところにあるペンタゴン(国防総省)にも飛行機が突っこみ、国防総省職員125人が亡くなっていました。また、2001年9月と10月に米メディアと上院議員らに炭そ菌が送りつけられるという「炭そ菌事件」が起きており、2003年冬のワシントンは次のバイオテロに対して厳戒態勢を敷いていました。CNNはテロ警戒レベルという5段階に色分けされたアラートを連日画面に映し出しており、「Xデー」が近付くと自宅の窓を粘着テープで目張りする方法が紹介されて、スーパーの棚からは水が消えました。

それでも、ホワイトハウス周辺では、戦争反対を叫ぶ大規模デモも行われていました。冷静に物事を見ている人もいたのですが、2003年2月5日、国民から絶大な信頼を得ているパウエル国務長官が国連安保理で「イラクに大量破壊兵器(WMD)がある」という「証拠」を示したことが、世論の風向きを開戦支持に大きく変える極め付きとなりました。

ブッシュ大統領とは違う国際協調路線を主張し、ブッシュ大統領よりも国民の支持を集めていたともいえるパウエル国務長官。2002年1月 Photo by Getty Image