長男・太一が幼稚園に入園

【9月】
9月に入り、太一は近所の幼稚園に通い始めた。8月末になり、ようやく幼稚園を探し始め、あわただしく申し込みをした。アメリカにいるうちに日本に連絡をとって、9月の新学期から通わせてあげたい、などと思っていたものの、忙しさにかまけてそれもできずにいた。日本に帰ってから、さらなる忙しさと疲れで、しばらくは幼稚園探しも後回しになってしまっていた。

本当なら、念入りに下調べをしたり、情報を集めたりしながら幼稚園を探すのだろうが、そんな余裕は時間的にも気持ち的にもなかった。まずは、一番近い幼稚園に連絡を取ってみた。子供の足でも自宅から2~3分の幼稚園である。幸い空きがひとりあるという。申し込みにあたって、父親の名前を書き込む欄があったた、我が家の事情の話もした。そんな事情を、幼稚園も汲んでくださり、入園許可が出た。

「ぴんちゃん、よかったね。9月から幼稚園に通えるよ」

太一は大喜びだった。彼はアメリカでも保育園に行きたがらない日はなかった。自宅以外のところで遊ぶことが大好きだった。

「うれしいな、日本でもおともだちがたくさんできるね」と浮かれていた。

アメリカの保育園も大好きだった 写真提供/杉山晴美
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わたしとしても一安心だった。一番手のかかる力斗は日本だとまだ幼稚園には入れない。わたしの生活の忙しさはあまり変わりはしない。それでも、太一が嬉しそうに幼稚園に通い始めたということは、わたしの心を少し軽くしてくれたのだ。日本に帰ってきて1カ月。なんだか地に足がついていない感じだったが、ここでようやくひとつ、生活が軌道にのったような気分だった。

朝起きて、子供のお弁当を作り、幼稚園に送っていく。2時になるとお迎えに行って、その後、力斗も一緒になって園庭で30~40分遊んでから帰る。その間わたしは、他のお母さんたちとたわいないおしゃべりをする。そんな「当たり前」に、わたしは飢えていたのかもしれない。

8月の生活は母国日本にいながらにして、どこか非凡なことの連続だった。夫を失わなかったらするはずのなかった各種手続きに追われたり、妻でありながら夫の役目をし、母でありながら父親の仕事もした。もちろんこの先もこうしたことは続いていくのだろう。が、幼稚園という母子ともに共通した日課ができ、ほのぼのとした普通のお母さんの気分を味わい、これからの生活に灯がさしたような気になっていた。

【次回は8月18日(水)公開予定です】

杉山晴美さん連載「あの日から20年」を最初から読む

【#1 あの日前編】「「無事でいて!」2001年9月11日、NYでテレビに向かって叫んだ日の話」
【#1 あの日後編】「夫は帰らなかった…2001年9月11日アメリカ同時多発テロの翌日見たもの
【#2 捜索前編】「一度避難していた?「アメリカ同時多発テロ」行方不明の夫の「当日の行動」
【#2 捜索後編】「「アメリカ同時多発テロ」振り回される誤情報・行方不明の夫の両親との対面
【#3 決意前編】「9.11テロで行方不明の夫探し…妊娠4ヵ月の妻を襲った「突然の出血」
【#3 決意後編】「飛行機突入2分前、夫は80階にいた――米同時多発テロ行方不明者妻が見た「現実」
【#4 前編】「911テロで夫は行方不明…事件4週目の「追悼ミサ」、3歳の長男の反応
【#4 後編】「日本人の遺体が見つかった…アメリカ同時多発テロ行方不明の夫「退職」の意味
【#5 前編】「アメリカ同時多発テロで行方不明の夫のことを、3歳長男に話した日の話
【#5 後編】「「子供たちを育てていかなければ」夫は911テロで行方不明…3ヵ月後の妻の決意
【#6 前編】「「空でお雑煮食べてるよ」アメリカ同時多発テロ・夫が行方不明のまま迎えた元旦の話
【#6 後編】「10年目の結婚記念日、911後に夫不在で迎えた「3児の母」が思ったこと
【#7 前編】「結婚10年を目前に夫が行方不明…911犠牲者の妻が振り返る「22歳の出会い」
【#7 後編】「母ひとり娘ひとりの妻のため夫が姓を変え…911犠牲者の妻が考える「夫婦」とは
【#8 前編】「夫が行方不明になり5カ月…アメリカ同時多発テロに翻弄される妻から「夫への手紙」
【#8 後編】「夫はテロで行方不明、3歳と1歳の子もいる…妊娠9ヵ月の妻が決断した「出産」
【#9 前編】「アメリカ同時多発テロの「報復」で戦争勃発…犠牲者の妻が考えたこと
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【#10 前編】「妊娠4カ月のとき911テロで夫が行方不明に…3人目出産の日の「奇跡」
【#10 後編】「過去2回の難産…アメリカ同時多発テロから半年後の出産、感じた「夫」の存在
【#11 前編】「夫は行方不明のまま…911から半年後「メモリアルデー」に生まれた子につけた名前
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