2021.08.14
# 天体観測

日本で最初の変光星研究者・一戸直蔵をご存じですか?

サイエンス365days

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

日本で最初の変光星研究者

1878年の今日(8月14日)、天文学者の一戸直蔵(いちのへ・なおぞう、1878-1920)が誕生しました。彼は日本における初期の変光星研究の第一人者として知られています。

青森県に生まれた一戸直蔵は当初家業の手伝いをして暮らしていましたが、科学的好奇心が抑えきれず、家出同然の形で近くの私塾へと転がり込みました。

その後様々な私塾などで熱心に学んだ彼は東京帝国大学理科大学、そして同大学院星学科(現在の天文学科)へと進学することとなります。

卒業後、彼は恩師であった天文学者・木村栄の紹介でアメリカのヤーキース天文台へと留学しました。そしてそこで変光星の観測に取り組むこととなります。

変光星とは時間とともにその明るさを変える特徴を持った星のことで、恒星自体の収縮と膨張が原因で明るさの変わる脈動変光星や、二つの連星がお互いを隠し合うことで明るさの変わる食変光星、太陽で起きるフレアのような爆発現象によって明るさが変わる爆発型変光星など多数の種類が知られています。

ハッブル望遠鏡が捉えた変光星(くじら座のミラ)

帰国後、彼は東京帝国大学講師となり、天文学の研究論文を記載した雑誌『天文月報』の編集などを行いました。

しかし、彼は東京天文台の移設騒ぎが巻き起こった際に「新高山(現在の台湾・玉山)の頂上を削り取って天文台をおく」という案を唱えて時の天文台長であった寺尾寿と対立し大学を離れたといわれます。

彼はアカデミアを離れた後も科学雑誌『現代之科学』を発刊するなど科学の啓蒙に努めました。

これらの業績から、小惑星のひとつに「Ichinohe(一戸)」という名前がつけられています。

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