アメリカに駐在となり、これから多くのことを一緒に経験していこうとしていた2001年9月11日、突如絶たれた生活。飛行機がワールド・トレード・センター・ビルに突入し、そこのビルで勤務していた杉山陽一さんは犠牲となってしまった。そのときにお腹の中にいた子は赤ちゃんとしてこの世に誕生し、陽一さんの遺体の一部も見つかって、お別れの会を終えた妻の晴美さん。

2001年9月11日、信じられない思いでこの光景をテレビで見た日から10カ月たっていた Photo by Getty Images

帰国前のことをお伝えする連載13回の前編では、スポーツ観戦が好きだった陽一さんが、2002年サッカーワールドカップも日本に帰国して観戦予定だったときのことをお伝えした。今の時代を生きることの大切さを教えてくれた前編につづき、後編では3人の子供たちと帰国準備をするときのことをお届けする。

スポーツ万能で、身体を常に鍛えていたという陽一さん。テロの直前にも子供たちとプールに 写真提供/杉山晴美
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夫の死が考えさせてくれた子育て

【6月20日】
あらためて子育てを考える場を与えてくれた夫の死。
そう、夫は亡くなってもなお、しっかり子育てに参加してくれたと思う。子育てのしっかりした方針が立てられた。夫が導いてくれたのだということを忘れずにいたい。父親の子育て参加の仕方にも、こういうのもあるんだな。

子供たちにもいずれ話してあげよう。君たちのお父さんは、しっかり君たちを育ててくれているのだよと……。

【6月21日】
4歳、2歳、0歳の子供のいるわたしには、これから先、もっともっと大きな山を乗り越えなければならない時が待っているのかもしれない。もっと深い谷に突き落とされる日がくるのかもしれないけれど絶対、山は乗り越えてやる。谷からは這い上がってやる。

子育ては一世一代の大仕事。生半可ではない。けれど、そんな大仕事をまかされた喜びは忘れずにいたい。やりがいのある大仕事をうんと楽しんでやろう。

陽一さんと一緒に入っていたプールに、晴美さんが3人の子供たちと 写真提供/杉山晴美