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# 車 # 企業

「アルト」「ワゴンR」の生みの親・鈴木修が去ったスズキが直面する「電動化」の壁

30年間で3兆円企業に

スズキの鈴木修会長が2021年6月に勇退された。誕生されたのは1930年1月だから今は91歳だ。1958年に鈴木自動車工業(現在のスズキ株式会社)に入社され、1963年に取締役に就任した。

1967年に常務取締役、1973年には専務取締役になり、1978年に代表取締役社長に就任されている。この後、2000年に代表取締役会長に就任した。

自動車メーカーのトップを務めた方の中でも、鈴木修元会長は、特に印象に深く残る人物だ。工場の建設や海外市場への進出から、他メーカーとの業務提携、商品開発まで、さまざまな分野で手腕を発揮してスズキを引っ張ってきた。

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分かりやすい例を挙げるなら、スズキの売上高がある。鈴木修元会長が社長に就任した1978年度の売上高は3232億円であった。それが2021年度は、コロナ禍の影響で対前年度比を8.9%減少させながら3兆1782億円だ。約30年間で3兆円企業に成長させた。

鈴木修元会長が最初に手掛けたプロジェクトは、愛知県豊川市の工場建設だった。スズキは紆余曲折だった軽自動車の規格が固まった1955年に、早くも初代スズライトを発売して、1961年には積載能力をさらに高めたスズライトキャリイを投入する。そのための工場建設を入社3年後に30歳の若さで任された。

予算などの条件は厳しかったが、若手社員10名で乗り切り、わずか9か月で工場を完成させた。予算は3億円、現在の価値で40~50億円だったが、2億7000万円に節約している。

1978年に社長になると海外進出も本格化させ、インドを中心に据えた。そこには「小さな市場でも1位になれば、社員が誇りを持てる」という思いがあった。

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